第二話 火撫由輝斗と桜小路薫子①
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登場人物紹介
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のどかな公園に学生服姿の巨漢が座っていた。
特に威圧するわけでもなくただ、座っているだけだったが、その異質な雰囲気から周囲に他人を寄せ付けていなかった。
巨漢本人はその状況に気づかず、単に今日は空いているな、としか思っていなかった。
巨漢――
暇なのである。
少し前は、
それもこれも、先日、ある少年に完膚なきまでに敗北したからなのだが。
――どうしたものか。
阿久根は、依頼により喧嘩を代行することでお金を稼いでいた。
身長一九〇センチを越える巨漢の阿久根にとっては、その腕っ節は数少ない自慢できることで、それは割の良いアルバイトみたいなものだった。
だが、それももう潮時のようだった。
阿久根が敗北したことは、顧客の不良連中にはすっかり知れ渡っており、依頼してくるものはいない。
もっとも、いつまでもこんなことをやっているつもりはなかったので、良い機会だったのかも知れない。
真面目に働くべきだろう。
――バイト探すかな。
そんなことを思っていると、目の前に気配を感じる。
「よう、おっさん」
座っている阿久根に向かって気安い声で学生服姿の少年が声をかけてきた。
身長は一七〇センチ弱か。真っ赤に染められた髪が印象的な少年である。
「ん? ああ、
少年の名は火撫
阿久根と同じ嵐山高校の生徒だ。
友人というわけではないが、知り合いではあった。
「喧嘩に負けたって聞いたぜ」
「お前も聞いたのか?」
「ああ。それにしても、普通だな」
「なにがだ?」
「顔だよ。もっとボコボコになっていると思ったぜ」
「一回も殴られちゃいないさ。――投げられたんだよ。それはもう完璧にな」
「投げられた……か」
「これまで色んな相手と喧嘩してきたが、あれはレベルが違うな。勝てる気がしない」
本当のことだった。
喧嘩代行をやり始めてから負け知らずであったが、あの少年は普通ではなかった。
由輝斗は馬鹿にするかと思ったが、神妙な顔をしていた。
「それで、そいつの名前は?」
「さあな。名前は名乗っていなかったよ。――ただ、『異世界少年』とか意味わからないことを言っていたな」
名前を知られたくなかったのだろうが、本当に意味がわからなかった。
「…………」
由輝斗はそれを笑い飛ばすかと思いきや、さらに深刻な表情をしていた。
「まさか……本当にあいつなのか……」
「なんだ? あいつと知り合いなのか?」
「……さーな。だが、もし本当にオレが知っている奴だとしたら……」
由輝斗は拳ぎゅっと握りしめながら吐き捨てた。
「絶対に許さねえ」
「…………ふーん、面白そうだな」
「ああ? なんだよ」
そんなやりとりをしていた時――
「よお、阿久根ぇ。お前、タイマンで負けたんだってなぁ」
にやにやと下品な笑みを浮かべた男が近づいてきた。
阿久根と同じ嵐山高校の制服を着ている。
見知らぬ男だった。
見ると、その男の背後に五人、同じ制服の生徒が控えていた。
総勢六人の柄の悪そうな男たちがベンチに座っている阿久根を取り囲んでいた。
「知らぬ顔だが、オレに何の用だ?」
そんな阿久根の言葉に、男は顔を真っ赤にして激怒した。
「覚えていねえのかよ! お前にやられた
言われて、阿久根は思案する。
「………………うーむ……」
だが、まったく思い出せない。
先日、件の『異世界少年』との喧嘩を依頼してきた
阿久根は申し訳なさそうな顔で謝罪した。
「…………すまんな。わからん」
「……てめぇ」
鈴原を名乗った男はさらに顔を紅潮させた。
「くくっ」
笑っていたのは由輝斗だった。
「なんだそのガキは? 馬鹿にしてんじゃねえよ」
「馬鹿にしてねえよ。笑っているだけだ」
「はぁ、てめえもやられたいのかよ。じゃあ、お前からやってやるよ」
鈴原が、由輝斗に殴りかかった。
瞬間――
由輝斗の右脚が跳ね上がり、鈴原の側頭部に蹴りが直撃する。
鈴原は吹き飛ばされ、倒れ込む。
かなりのダメージを受けたのか、立ち上がれないようだった。
見事な回し蹴りだった。
「さあ、あんたらもオレとやるかい?」
残りの五人の不良連中に向かって、由輝斗が不敵に告げた。
だが、リーダー格であろう鈴原があっさりやられたからか、残りの男たちは動きかねていた。
阿久根は相変わらずベンチに座ったままだった。
「火撫よ。オレはここで見物してて良いか」
「はあ、ふざけんなよ、おっさん。こいつらはあんたの客だろ」
「……だからオレは知らんと言ってるじゃないか」
そんな二人のやり取りを聞いて、連中の一人が声を上げた。
「まさか、この赤毛のガキは、あの火撫……火撫由輝斗か?」
「知ってるのか?」
「お前、知らないのかよ。そこの阿久根にも勝ったっていう、最近売り出し中の奴だ。真っ赤な頭髪と名前から
何故かご丁寧に説明をしてくれる。
「ほお、
「…………勝手に呼びやがるんだよ」
阿久根の言葉に由輝斗は苦虫を噛み潰したような表情になった。
どうも、その異名は不本意なようだった。
不良連中は、由輝斗が何者かを知ったからか、及び腰になっていた。
それを見て阿久根はベンチよりのそりと立ち上がる
「お前等、もうやる気がないのなら逃げてくれて構わんぞ。そもそもこっちはやる気ないのだから」
由輝斗に加え、一九〇センチを越える巨漢の阿久根もいるとなれば勝ち目はないと判断したのだろう。倒れ込んだ鈴原を起きあがらせ、この場から去っていった。
仲間に支えられながら去っていく鈴原の刺すような視線は気にならなくもないが――まあ、問題ないだろう。
「ふん、いいとこ取りしやがって」
由輝斗が毒づいてきた。
「元々オレの客だったらしいからな。それとも、そんなにやりたかったのか、
「その名前で呼ぶんじゃねえ!」
「……わかったよ。じゃあ、行くか」
「は? なにを言っていやがる」
「『異世界少年』に会いに行くんだろ? 手伝ってやるよ。――今は、暇だからな」
そう言うと、阿久根はにっと笑った。
由輝斗は何故か嫌そうな顔をしていた。
*
それは、南城高校へ入学した日、最初のホームルームでの自己紹介の時。
『黒崎櫂斗です。趣味は異世界ラノベを読むこと。そして、夢は異世界に行って無双することです』
そんな自己紹介をした彼は、腫れ物扱いになり、あえて近づく者もおらず、初日から孤立することになった。
薫子も同じように感じたかというと――そうでもない。
むしろ、そんな櫂斗の姿に震え上がっていた。
――わたしも自己紹介で同じようなこと言わなくてよかったぁ。
実は、薫子も異世界ラノベ好きだったのだ。
好きになったのは一年前。
薫子の家はそれなりに裕福な家庭で、ピアノなどのいくつもの習い事をさせられていた。
習い事そのものについては好きでも嫌いでもなかった。
ただ、親に言われていたからやっていただけ。
当時の薫子はそれに疑問を持つことはなかった。
そんなある日、とある習い事がドタキャンになった際、不意に時間が出来た時があった。
そこで、次の習い事までの時間つぶしに何気なく入った書店で
異世界系のライトノベルである。
現実世界から異世界に転生や転移をし、大活躍する――そんな話に魅了された。
習い事に明け暮れる薫子にとって、代わり映えのない現実は窮屈なものであった。
それ故に、自由な発想で好き勝手に暴れている異世界ラノベはこの上ない娯楽であった。
もちろん、異世界モノ以外のライトノベルにも手を出している。
今や
その同人誌が健全なモノであるかどうかは――ノーコメントとしたい。
だが、やはり最初に出会ったジャンルということもあり、異世界系のライトノベルは薫子にとって特別な存在だった。
薫子はそんな新しい趣味を、ひっそりと楽しんでいた。
親に知られれば絶対に辞めさせられるからだ。
だが、一人で楽しむだけということに物足りなさを覚えていた。
SNSで匿名のアカウントを作成し、語り散らしてはいるが、やはり直接語り合える仲間も欲しい。
そう思い、薫子は、高校入学を期に、同好の士を見つけようとしていた。
だが――
入学式でのカミングアウトで、孤立している櫂斗を見て、完全に出鼻を挫かれてしまった。
結局、薫子の自己紹介は当たり障りのないものとなった。
学校で、堂々とラノベを呼んでいる櫂斗を羨ましく思いつつも完全に孤立している姿を見たら、異世界ラノベ好きを公言できるわけもない。
そんなことを思いながら、一ヶ月の時を過ごしたある日――
看過できない光景を見た。
「おはよ、櫂斗」
「よお、荘介」
なんと櫂斗がクラスメイトとなにやら楽しげに話し込んでいたのだ。
そのクラスメイトの名は片岡荘介。
彼も目立つことはなく、クラスで一人でいることが多い印象の生徒だった。
それがなんだ。とても楽しそうに櫂斗と話しているではないか。
薫子の席は、二人から離れているので、立ち上がりさりげなく通りかかる。
聞こえてきた会話は、最近発売した異世界ラノベ作品の『無職転移』の新刊の話だった。
薫子は歯噛みをしながら自分の席に戻る。
素直に羨ましい、と思った。
自分も大好きな作品の話だったので混ざりたくて仕方が無かった。
だが、二人に混ざる勇気など持ち合わせていなかった。
しかし、何故二人はこんなにも仲良くなったのだろう。
薫子は気になって仕方が無かった。
昨日まではそんなそぶりはなかったはずだ。
それならば、自分も仲間に入れたら――とは思うが、現在のコミュニティから排除されてしまったら、と思うと動くに動けなかった。
情けないことだ、と薫子はつくづく思う。
――と、そんなことを考えていると、
「おはよう、桜小路さん」
「あ、お、おはようございます。高本さん」
友人の高本に声をかけられたので、思考を中断する。
高本と世間話をしながら、視線はあの二人にちらちらと向いてしまった。
*
「ん? なんだ?」
「どうしたの、櫂斗」
「なんだか、妙な視線を感じるんだよなぁ」
「視線?」
荘介がきょろきょろと周囲を見回す。
「僕らのことを気にしている人なんていないと思うけど」
「まあ、そうだよなぁ。別に悪意とかそういう気配は感じないから問題は無いと思うんだけどな」
入学当初のような、揶揄するような視線ではないので、気にすることは無いだろう。
気になるなら、声をかけてくるだろうし。
「そろそろ始業の時間だな」
「そうだね。じゃあ、またお昼に」
昼は一緒に学食に行く予定だった。
「ああ」
櫂斗は頷いた。
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