3
数分もせず、レベッカは戻ってきた。
手には、水差しとコップを持っている。
「どうぞ」
レベッカは椅子に腰掛けると、コップに水を注いで手渡してくれる。
「ありがとう」
俺は左手でそれを受け取った――と同時に、右手に握り込んでいたアイテムをレベッカの眼の前に振った。
レベッカは、顔面に迫ってくるそれをとっさに避けようとしたができず、『解呪の印』は、レベッカの右頬に直撃した。
驚愕の色に染まったレベッカの顔は、瞬時に、鬼の形相へ変わった。
立ち絵の9割が無表情だったゲーム画面からは、想像できないような顔だった。
「勇者! 貴様!」
声はレベッカのままだが、血を吐き出しそうな苦痛が込められていた。
「俺は勇者じゃない。君がレベッカじゃないのと同じようにな」
俺は右手から、鎖に繋がった解呪の印を地面に向かって落とした。
鎖が音を立て、その先に繋がれた十字架は、地面すれすれに静止した。
レベッカは床に這いつくばっている。小さな背中を激しく上下させていた。
「何をするの、痛い」
レベッカは傷ついた、というように涙を流し、熱を帯びた頬を手で抑えていた。
「さっきボロを出しただろ? いまさら取り繕っても遅いよ」
「何のこと?」
俺はレベッカの背中に鎖を振って、十字架を叩きつけた。
チン、と金属音がして、絶叫が牢屋に響いた。
「クソ、クソが!」
レベッカは立ち上がれない。
床に向かって悪態をつき、暴言を吐き出し続けている。その小さな身体からは湯気が上がっていた。
「なぜだ! わかるはずがない!」
レベッカが俺を見上げた。
歯を食いしばり、睨みつけている。
右目は、瞳孔が紫色に変色している。
――それは、魔王だった。
今、俺が話しているのは、魔王だ。
「俺が解呪の印を持っているから、俺を最初に殺す予定だったんだろ?」
魔王が目を見開いた後、俺から視線を逸らした。
また、クソと言ったが、声にさっきまでの力はなかった。
俺が叩きつけた『解呪の印』は、対象者のあらゆる呪いを解除できるアイテムだ。
それは、魔王による精神操作も例外じゃない。
しかし、ゲーム本編では、出番がなかったアイテムでもある。
なぜなら、魔王もこのアイテムの存在を知っており、それを持っているのが勇者であることを知っていたからだ。
だからこそ、魔王は最初の犠牲者にレイを選んだ。
真っ先にレイを殺し、解呪の印を捨ててしまえば、魔王は自由に動くことができるという寸法だ。
「残念だったね」
俺が魔王の眼の前にしゃがみこんで言うと、その表情に怯えが浮かんだ。
ゲームでは決して見せることのなかった畏怖の感情。
自分は死ぬのだ、という恐怖。
「待ってくれ、せめて理由を――」
時間稼ぎをしようとしたのか、魔王はそんなことを言い出したが、俺は言い終わらないうちに、その額に十字架を押し付けた。
額から煙が上がり、絶叫が雨音をかき消した。
レベッカが金縛りにあったように震えている。全身の筋肉に力が入っていて、指一本も動かせないように見えた。
叫び声が出ているレベッカの喉からも、白い煙が湧き上がった。
魔王の魂が、消滅していくのが見えた気がした。
やがて、身体から力が抜けた。
俺は彼女を受け止めて、ベッドの上に寝かせた。
――これで安心だ。
俺は椅子に座って、ほっと、息を吐いた。
魔王の魂は消滅した。
もう、誰も死なない。
俺は、助かったのだ。
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