12
「ともかく、解散にしようぜ」
アンを見送った直後に、マーカスが明るい声で言った。
「各々で調査するってことでさ」
ああ、とも、うーん、ともとれるような声が、みんなの口から漏れた。
『殺人犯と一緒にいられるか!』と部屋に引きこもった人間が次のターゲットになるのは、ミステリーにおける定番中の定番だ。
アンの場合、別にそんなセリフは吐いてないが、一人で引きこもっている人間が狙われやすいのは自然の摂理。次の殺人が起こるとして、現状、アンがターゲットに選ばれる可能性が最も高いだろう。
しかし、アン以外の全員がお互いを見張っていればどうか。
彼女が被害者になるとしても、犯人がいなければ殺人は成立しない。
犯人がアン以外にいるのなら、ここにいる5人がお互いに見張っていれば、アンも殺されずに済む。
仮に、アンが犯人側だったとしても、他の5人が一緒にいれば殺されるリスクもかなり低くできる。
一緒にいるべきだ、と口を開きかけた瞬間に、曖昧な返事しかしない俺達に苛立ったように、マーカスが踵を床に叩きつけた。
「なあ、俺達は勇者パーティなんだぜ? トーマスだって、爆睡してなきゃ不覚は取らなかったはずだ。注意してりゃ大丈夫だって」
それに、とマーカスは俺の肩を叩き、笑いかけた。
「レイの考えじゃ、トーマスは理由があって殺されたんだろ?」
確かに俺が言ったことだったので、渋々頷く。
それを見て、彼は笑みを強くした。
「あいつは普段からかなり用心していた。仲間内でも部屋に鍵を掛けてたんだからな。――そうだろ?」
一瞬だけ、俺に鋭い視線を向けた。
トーマスを必要以上に用心させていた元凶がレイ、つまり、俺だと言いたいのだろう。
しかし、俺の返事や反応は期待していなかったようで、マーカスはそのまま先を続けた。
「普段の、魔術が使える状態なら、たとえ非戦闘要因のトーマスでも、殺すのには苦労したはずだ。犯人は、MPが切れている今がチャンスと思って、前々から憎らしく思っていたトーマスを殺した――つまり、犯人はもう目的を達成していて、これ以上殺人は起こらないってことも十分にある。そうだろうが」
――その可能性もある。
論理的にはマーカスは正しい。普通は、犯人が連続殺人を意図している可能性のほうが低いはずだ。
しかし俺は、不安を拭い去ることができなかった。
推理ゲームの世界で起こった想定外の殺人が、たった一度で終わるとは、どうしても思えない。
駄目だ、と言おうとしたところで、はたと気づいた。
――俺以外のみんなが、小刻みに首を縦に振っている。
マーカスの意見に賛同しているのだ。
「じゃ、解散!」
マーカスは高らかに宣言した。
マリアはうーんと伸びをしながら歩き出し、シャワーを浴びに。
マーカスは、朝食が食べかけだったと言って食堂へ向かった。
「私は、もう一度城のなかを見てみます」
パトリックは後ろで手を組んで歩いていった。
俺が止める暇もなく、みんなは行ってしまった。
残ったのは、俺とレベッカだけだった。
――危機意識が欠如している。
彼らは勇者パーティで、歴戦の猛者。
これまで、死を覚悟したことは何度もあったはずだ。
それなのに、今この時、自分の顔面スレスレに死が迫っているという危機感を、彼らは持てていない。
――いや、歴戦の猛者だからこそ、死や恐怖が身近すぎて、このなかに殺人者が紛れているという恐ろしさを、本当の意味で理解できていないのかもしれない。
トーマスが殺されても、自分なら大丈夫だと、信じて疑っていない。
彼が非戦闘員だった、ということもあるのかもしれないが、MPがゼロの現状では、後衛のアンやマリアもトーマスと変わらないはずなのに。
みんなを追いかけて説得しようかとも思ったが、俺1人が反対したところで、誰も賛同しないかもしれない。
何より、本来のレイがそんな行動をとるはずがないから、ますます俺は不審の目で見られてしまうことになる。
さっき、パトリックやマーカス、アンに怒りを向けられた時のことを思い出す。
あんな怖い思いはもうしたくなかったし、あまり不自然な行動をすると、犯人として拘束される可能性もある。
最悪、みんなの前で処刑されてしまうかもしれない。
はあ、と俺は大きく息を吐いて、肩の力を抜いた。
「――レベッカも、シャワーでも浴びてきたらどうだ」
俺が言うと、レベッカはかすかに眉の端を下げ、鼻をひくつかせた。
「――私、臭い?」
「あ、いや、そういうわけじゃない。ただ、仲間が死んで、そのうえ犯人扱いされて疲れただろうから、気分をリフレッシュするのも良いんじゃないかと思っただけで」
慌てて首を振った。
セクハラには厳しい昨今、染み込んだコンプライアンス遵守の精神は、このファンタジー世界でも薄れてくれない。言い訳がましい言葉が、つらつらと出てくる。
「それは、あなたも一緒でしょ?」
レベッカがコテンと首を傾けた。
無表情のままなので、少し不気味だ。人形のように、そのまま肩の上から頭が転がり落ちそうに見える。
「私にとっての仲間は、あなたにとっても仲間でしょ? 私だって悲しいけど、あなたもそうでしょ?」
「――まあ、そうだけど」
自然と目が泳ぐのを自覚したが、自制できなかった。
「なら、あなたがシャワーを浴びたら?」
「俺、臭いかな?」
俺が苦笑いで言うと、レベッカは猫のような丸い目を少しだけ細めた。
笑ったのだ。
「笑っているところ、初めて見たな」
思わず、そんな言葉が口から出た。
「私が笑ったら、変?」
彼女は目を丸くしていたが、自分でも驚くほど、その笑顔が心に刺さった。
レベッカは、ゲーム本編では一度も笑わなかったし、魔王に操られて殺人を強制され、最期には自身も死んでしまう不遇なキャラクターだった。
そんな彼女が笑顔を見せたことで、俺は、レベッカもただのキャラクターではなく、この世界に生きている人間なのだと再認識した。
「変じゃない、変じゃない。ちょっと、ほっとしただけだ」
俺は両手を顔の前で振り回して否定し、トーマスの部屋をもう一度見に行くことにした。
死体を何度も見るのは気が引けたが、そうも言っていられない。
どうやってトーマスが殺されたのか、誰がやったのか――色々と推理は提示されたが、結局、何もわからなかったのだから。
「私も付き合う。やることないし」
そうか、と俺は言って、階段を上った。
後ろから足音はついてこなかったが、耳を澄ますと、雑音のように小さな息遣いが聞こえた。
やっぱり、暗殺者はみんな、音を殺して歩くのが癖になっているのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。