魔王城殺人事件

リウノコ

 眼前に、巨大な岩のようにそびえる魔王は、全身が傷だらけだった。


 大小様々な切り傷、火傷、刺し傷、打撲、骨折を負っているはずなのに、それでも魔王は口の端を耳まで釣り上げて笑っていた。


 その不気味な笑みを見上げて、クソ、とマーカスが吐き捨てた。

 魔王に殴り飛ばされて壁に叩きつけられていた彼は、アイテム袋から取り出したポーションの中身を飲み干している。


 死の淵を味わってなお、マーカスの戦意は衰えていなかった。

 アイテム袋の口を下に向けて数度振り、中身が空になったことを確認すると、チッと舌打ちして、袋を床に叩きつけた。


 僕はスキル『鑑定』で、魔王のステータスを確認する。

 ――レベルは、100に達している。

 人類の上限が90レベルなことを考えれば、まさに化け物だ。HPもMPも最大値はかなり多い。けど、これまでの奮闘もあって、残りHPはかなり少なくなっている。


 何度、魔王は倒れただろう。


 5回を超えたところまでは覚えているけど、途中から、数を数えている場合じゃなくなっていた。

 最初は人間のように見えていた魔王は、復活を経るにしたがって、身体が大きくなり、化け物へと変貌を遂げていった。

 復活の度にHP最大値は多くなり、反対に使う魔術は少なくなった。攻撃に精彩を欠くようになり、徐々に威力も弱まっていた。

 攻撃力や思考力を犠牲に、体力と耐久力を強化しているみたいだった。


 魔王の度重なる復活は、完全に予想外だった。

 おかげで、十分に用意してきたはずの回復アイテムを、僕らはほとんど使い果たしていた。

 パーティメンバーのHPは正常範囲内に収まっているものの、MPの方は消費がかなり激しい。

 僕たち勇者パーティは、人類の最強戦力だ。

 最弱の僕ですら、84レベル。

 たとえ魔王が化け物だとしても、それに負けないくらいの強さだと、僕ですら自負していたのに、この様だ。


 ――けど、勇者のレイは、臆することなく前を向いていた。


 彼は『魔剣セント・エルモ』の切っ先を地面に這わせ、姿勢を低くした。

 剣心からは青白い稲妻が石畳の床に向かって伸びていて、その光が床に触れる度にバチ、という音がした。


 瞬間、脳内にイメージが浮かんだ。

 レイが駆け出し、稲妻が走り、魔王の首を落とす姿。

 3年も一緒にいれば、いくら嫌われていても、阿吽の呼吸くらいは可能になる。仲間がこれから何をしようとしているのかも、分かるようになってくるものだ。


 レイは、次の一撃で終わると確信し、全てを賭けようとしていたのが、僕には分かった。

 そして、思っていた通りに彼が叫ぶ。


「ありったけのバフを!」


 僕は杖――『クセルクセス・ロッド』を構え、レイのステータスをスキル『鑑定』で瞬時に確認する。


 レイのMPは10しかなかった。

 スキルが使えるのは、あと一回だ。


 周囲に視線を走らせ、『鑑定』で、他のみんなのステータスを参照した僕は、驚愕した。


 ――全員、MPがゼロだった。

 それは、誰もスキルを使えないことを意味している。


 パッシブを除くすべてのスキルは、MPを消費して、初めて発動できるもの。

 MPがゼロでは、いくら僕らが勇者パーティでも、レベルが高くても、何も出来ない。


 一縷の望みをかけて、全員の持ち物も確認したけど、戦闘開始前はあれだけあったMP回復ポーションは、既に底を尽きていた。


 視界の端に見える自分のステータスを確認すると、残りMPは18。

 消費MPが6の付与魔術なら、3回使える。

 ――逆に言えば、それだけだ。

 付与魔術士である僕は、相手にダメージを与えられるスキルを持っていない。

 

 全身に鳥肌が立つ。


 レイは、次の一撃で終わると確信していたけど、本当にそうなのか?

 もしまた魔王が復活したら――もしくは次の一撃で倒せなかったら、どうすればいい?

 次の一撃にすべてを賭けるよりも、もっと他にいい方法があるんじゃないか?


「早くしろよ! バカが!」


 レイは叫び、魔王を睨むのと同じ視線を僕にぶつけた。


 ――見下されていることは、自覚している。

 実際、僕は、戦闘では大したことはできない。


 でも、だからこそ、僕のできることを、全力でやらなければ。

 ――付与術士の仕事は、仲間を信じることだ。


「エクステンド! トリプルエンハンス! タフネステンス!」


 僕はすべてのMPを使って、レイに強化を付与した。


「いけ!」


 次の瞬間、レイは稲妻となって、魔王の首を落としていた。


 その姿に遅れて、雷鳴のような轟音が響いた。

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