熱を感じない僕が異形を焼き払ってみた結果、日本に数人の国家資格「極級異能師」に認定されてしまいました
堅物スライム
第一章 異能は目覚め、物語は始まる
第1話 それは青白く燃え上がった
1月14日。
廊下の先の部屋から、煙と共に猫の鳴き声が漏れ聞こえてくる。
扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできたのは、燃え広がる炎だった。
「猫ちゃん、こっち!」
だが、部屋の片隅で茶トラは恐怖に震え、動けずにいる。
御影はすぐさま駆け寄り、その小さな体を腕に抱いた。
「もう大丈夫だから!」
そう優しく声をかけながら、出口へと向かおうとした――その時。
バタン!
突然、本棚が倒れた。
燃え広がる炎。熱気が肌を刺す。
――影?
ゆらゆらと、滲んでいる。
本棚の横に、黒い何かがいた。
正体不明。気配だけが、じっとりと纏わりつく。
目の錯覚? いや、違う。
腕の中の猫もその方向をじっと見つめ、毛を逆立てて威嚇している。
「な、何……?」
背筋が凍りつく。
体が硬直し、息を飲む間にも炎は勢いを増し、入口を塞いでしまった。
――戻れない。
恐怖と焦燥が胸を締め付ける。
「久遠寺さん!!」
突然、扉が勢いよく開く。
炎の揺らめく光に照らされ、そこに一人の人影が立っていた。
逆光に包まれ、顔は見えない。ただ、背後の炎に輪郭を縁取られ、黒いシルエットだけが浮かび上がる。
「出雲崎君!?」
立っていたのは、月曜日に転校してきたばかりの細身の少年。
「早くこっちへ!!」
燃える椅子や机を蹴り飛ばし、素手でどかしながら、御影のために道を作る。
「ちょ、ちょっと! 火傷しちゃうよ!?」
「大丈夫! よく分からないけど、全然熱くないんだ。さ、早く!」
差し出されたその手を迷わず掴む。
片手で猫をしっかり抱きしめながら、御影は少年に導かれるまま、燃え盛る部屋を後にする。
廊下の壁にも炎が広がる。
熱気と恐怖に足が竦むが、少年の手に引かれ、一歩、また一歩と前へ進む。
階段を駆ける。熱気が背中を焼く。ドアが近い。あと少し――
そして、外へ飛び出したその瞬間――
バタン!
背後で、扉が閉じた。
ハッとして振り返ると、そこに少年の姿はなかった。
◆◆◆
一週間前の1月8日。
「い、
父の仕事の都合で転校した初日。
外は雪が降っていた。
教室のあちこちから感じる、じっと僕を観察するような視線。
緊張で足が震える。
「今年度は残り少ないが、来年六年生になってもクラス替えは無いからな。みんな仲良くしてあげてくれ」
先生の言葉に、僕は小さくお辞儀をした。
前の学校では、友達がいなかった。
気づけばいつも一人だった。
人と話すのが苦手で、何を話していいのかわからない。
僕なんかが話しかけると迷惑なんじゃないかと思ってしまう。
いじめられていたわけじゃないけど、一人はやっぱり辛かった。
体育の時間、ペアを探すのにいつも苦労した。
給食の時間、一人で食べるのが苦しかった。
転校は生まれ変わるチャンス。
期待するのは怖い。でも、心のどこかで期待している自分がいる。
染みついた性格は、そう簡単に変えられないだろうけど。
休み時間――。
「久遠寺さん。今度の日曜、俺の家で誕生日会やるんだけど、来てくれない?」
ふと聞こえた声に、そっとそちらを見る。
くりくり坊主の少年が、絹のように滑らかな漆黒の髪の少女に話しかけていた。一瞬見ただけで、誰もが振り返りそうな圧倒的な美貌を持つ少女だった。
「え? 誕生日なの? おめでとう。でも、男子の家に行くのはちょっと……」
久遠寺さんと呼ばれた少女は少し躊躇っている。
「女子は他にも長谷川と泉が来るよ!」
「そうなんだ? でも、う~ん、どうしようかな……」
「久遠寺さん、猫好きだよね? うち、飼ってるから遊べるよ!」
「え? 猫? じゃ、行く!!」
――猫につられるんだ。将来、大丈夫かな。
そんなことを思いながら見ていると、不意に久遠寺さんと目が合った。
「そうだ! 出雲崎君も呼んであげて! 転校したばかりで不安だろうから、みんなで遊ぼうよ」
「OK! 久遠寺さんが誘うなら」
くりくり坊主が僕に声をかける。
「聞いてた? お前も来れる?」
突然の誘いに、心臓が跳ねた。
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
――久遠寺さん。
僕に気を遣ってくれたんだ。優しい人なんだな。
◆◆◆
1月14日。
友達……いや、まだそう呼べるほど親しいわけじゃない。
けれど、同級生の誕生日会に呼ばれるのは初めてだった。
期待と不安を胸に、お小遣いで買ったポケモンカードのパックを手に、指定された家へ向かう。
玄関前で足を止め、インターホンに指を伸ばす――が、緊張でそのままフリーズしてしまう。
「あ、出雲崎君! おはよう!」
背後から明るい声が響いた。
振り向くと、そこには久遠寺さんともう一人の女の子がいた。
「お、おはよう」
「もうベル押した?」
「い、いや……まだ」
僕の指はボタンの手前で止まったまま。
「えい」
久遠寺さんが僕の指を押す。
次の瞬間、ピンポーンとベルが鳴った。
「あ……」
横を見ると、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
誕生日会――。
初めての経験に最初は緊張していたけれど、みんなが気を遣ってくれたおかげで、少しずつ気持ちがほぐれていった。
マリオカートで対戦したり、ボードゲームで遊んだり。
家族以外とこうやってゲームをするのは初めてで、今までの人生で一番楽しいとさえ思える時間だった。
ちなみに久遠寺さんはずっと猫と戯れていた。
「ごはんできたよー!」
リビングに呼ばれ、みんなで階下へ降りる。
テーブルの上にはピザ、チキン、ポテト、パスタっぽいもの……。
色とりどりのご馳走に最初は遠慮してしまったが、次第に手が伸びていく。
そして、メインディッシュのケーキを食べ終わると、お母さんは買い物へ出かけていった。
「いや~食った、食った!」
くりくり坊主はソファに寝転がり、お腹をポンポンと叩く。
みんなもそれぞれ、まったりとした時間を過ごし始めていた。
――ふと、どこからか焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「あれ? 何の匂いだろ?」
僕が言うと、みんなもクンクンし始める。
「ほんとだ、なんか焦げてる?」
「キッチンじゃないよね?」
リビングを出ると、二階のほうから煙が広がってくるのが見えた。
「うわああ!! 火事だ!!」
くりくり坊主が叫ぶ。
悲鳴とともに、みんなが一斉に家の外へと飛び出していく。
え……? 火事?
頭が一瞬、真っ白になった。
熱気が広がるよりも先に、心臓がギュッと縮こまる。
「ちょ、ちょっと!!」
気づけば、その場に残っているのは僕と久遠寺さんだけだった。
「く、久遠寺さん! 僕たちも早く避難しないと!」
「ダメ! まだ上に猫ちゃんがいる!!」
そう言うと、久遠寺さんは煙をかき分け、迷うことなく二階へと駆け上がっていった。
◆◆◆
久遠寺さんが、煙の中へと消えていった。
僕は……どうすべきなんだ?
助けに行く?
でも、怖い。足が竦む。
――いや、しっかりするんだ!!
今日、こんなに楽しく過ごせたのは誰のおかげだ?
久遠寺さんだろ!! 助けなきゃダメだ!! 勇気を振り絞れ!!
僕は決意し、階段を駆け上がった。
廊下には煙が満ち始め、火が回りつつあった。
だけど、全然熱くない。興奮しているせいかもしれない。
目の前に少し開いたドアがあり、そこから勢いよく煙が漏れ出している。
――ここだ、間違いない。
だが、ドアノブは金属。これは絶対に熱いはずだ。
――でも、迷ってる場合じゃない!!
僕は迷わずノブを掴み、ドアを開ける。
……あれ? 熱くない。
その中に――
久遠寺さんがいた。胸に猫を抱え、震えている。
考えるよりも先に体が動いた。
僕は燃える机や椅子をどかし、彼女の手を取る。
そのまま廊下を駆け抜け、階段を下りる。
その時――
にちゃっ……
背中に、ぬるりとした感触がまとわりついてきた。
何かが、へばりついていることが分かる。
恐る恐る振り返ると――
そこにいたのは、黒い何か。
爛れた子犬のような、ぼんやりとした影。
全身に悪寒が走る。
こいつを外に出しちゃいけない。本能がそう告げていた。
僕は久遠寺さんを外へ送り出すと、玄関のドアを閉める。
そして、背中を壁に叩きつけ、その黒い何かを振り落とした。
玄関の隅に木製バットが置かれているのが目に入る。
それを強く握りしめた。
こいつが、こんなに楽しかった誕生日会を台無しにしたのか?
――怒りが、込み上げる。
すると、
ゴオッ!!
手に持ったバットが、突然発火した。
「え?」
一瞬、呆然とする。
だが、すぐに気を取り直し、化物を見据えた。
バットの炎は青白く燃えている。
次の瞬間――
化物が襲いかかってきた。
僕は反射的にバットを振り下ろす。
力任せに、殴りつけた。
べちゃっ……
嫌な音が響く。
黒い塊が崩れる。
水たまりのように広がり、
そして――黒い染みとなった。
◆◆◆
四年後。
僕は中学三年生になっていた。
てっきり久遠寺さんは私立の名門校に進学するものだと思っていた。
だけど、なぜか僕と同じ公立中学に通っている。
季節は夏。
そろそろ本気で進路を考えないといけない時期だ。
でも、勉強の苦手な僕に選択肢は少ない。
卒業したら、もう久遠寺さんと会うこともなくなってしまうのかな?
……いや、同窓会とかで会えるかも?
そんなことを考えていた帰りのHR中、担任の先生から突然呼び出しを受けた。
「出雲崎と久遠寺。終わったら進路指導室まで来てくれ」
「は、はい」
思わず慌てて返事をする。
……なんだろう?
進路希望の紙に学校名を書かなかったから?
いや、書けなかったという方が正しいか。
「久遠寺さんも、志望校書かなかったの?」
進路指導室の椅子に二人並んで座り、先生が来るまで軽く雑談を交わす。
「久遠寺さんもって何? 私はちゃんと書いたよ。透真君は書かなかったの?」
「あ、そうなんだ……僕はまだ決めきれなくて……」
久遠寺さんは、あの火事の日以来、僕のことを名前で呼ぶようになった。
僕の知る限り男女問わず、彼女が名前で呼ぶ相手は僕だけ。
それだけで密かに優越感を抱いている。
……誰にって? もちろん、彼女に憧れる数多くの男子たちに。
ガラガラガラ――。
扉が開き、担任の先生が入ってきた。
「おう、すまん。待たせたな」
大して悪いとも思ってなさそうな態度で、先生は向かいの席に座る。
「お前たちを今日呼び出したのはな、推薦についてだ」
「推薦? 僕をですか!?」
思わず大きな声が出てしまった。
久遠寺さんはわかる。彼女は学校で一番の成績だ。
でも、僕は?
成績は下から数えた方が早いし、運動も得意じゃない。
「そうだ。上からの依頼でな。お前たち二人に推薦状が下りた」
「は、はあ……どこのですか?」
まさか、久遠寺さんと同じ学校じゃないよね?
学力が違いすぎるし……。
先生はニヤリと笑い、静かに口を開いた。
「聞いて驚くなよ。――国家戦略高専だ。内閣府立の」
「「国家戦略高専!?」」
僕と久遠寺さんが、同じセリフを同時に発した。
国家戦略高等専門学校――。
私立でも公立でもない。
十年前に設立された、内閣府直轄の超名門校。
教育内容は一般には公開されていない。
だけど、卒業生の進路には国家機密が絡むとか、上級官僚になるとか、そんな都市伝説が絶えない。
そこに通うだけで、超エリート扱い。東大以上の権威を持つ学校。
――いや、久遠寺さんは分かる。
でも、なんで僕まで? 場違い感がすごい。絶対、何かの間違いだ。
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