第2話 私がそんなことをする令嬢に見えるってことかしら

ある日クラレット・メイズ伯爵令嬢はキャナリィ・ウィスタリア侯爵令嬢とともに所用があり、一般クラスと共同の敷地を歩いていたが前方を歩く生徒が不自然に道を逸れて歩いていることに気付いた。

ふと見ると道の前方に異物が落ちている。貴族の子女が通う学園の敷地内ではとても珍しいことだ。

皆これを避けて通っていたため道を逸れていたようだった。


「本?・・・教科書かしら?」

クラレットが呟いた。

それは教科書だった物らしく、少し離れた場所からでもナイフでズタズタに引き裂かれ、靴跡まであるため幾度も踏まれたことが見てとれた。

そこには多くの生徒がいたが、まともな教育を受けた貴族の子女は明らかに怪しい物に自ら近寄ったり、まして触ったりはしないため、皆そこを避けて通っていた。


「キャナ様、あちらの道を抜けましょう」

クラレットもそこを避けるために進路を変えようとキャナリィに声をかけたその時


「ひ、ひどいですっ。ウィスタリア侯爵令嬢!わ、私がジェード様と仲が良いからってこんな嫌がらせをするなんて!」


先日の平民生徒に後ろから声を掛けられた。

「「え?」」

しかしその生徒は困惑しているキャナリィとクラレットの横を通ると教科書をつかみ、またもや走り去ってしまった。

なんの許しも挨拶も無く平民生徒が高位貴族に声を掛けただけで無く、走り抜き立ち去った──周囲にいた者は信じられない物を見たように目を見開いたまま驚きを隠せないでいた。

しかもその発言内容が問題だ。

「ねぇクラレット。私は教科書を盗みナイフを振り回した挙げ句にはしたなくも靴で何度もそれを踏みつけるような令嬢に見えるってことかしら。淑女に・・・将来立派な公爵夫人になるべく日頃から所作にも気を付けているつもりだけれど、難しいわね」

勘違いなのか自分に向けられた策略なのか。しかも平民を使って?そうも考えたがキャナリィは敢えてそうクラレットに言うことで、この件を一旦不問にした。

「いえ、そんな風には全く見せませんから安心してください」

クラレットが苦笑しながら言った言葉に周囲の生徒も声に出さずに同意した。


そもそもキャナリィもクラレットもとても目立つためどこにいても複数の視線を向けられている。

ここには通り掛かっただけであることも、あの明らかに怪しい教科書もキャナリィ達が通るもっと前の時間から在ったことも周知のため、誰も彼女を疑うことはなかった。

策略にしてはお粗末ではあるが、一つだけどうしても気になることがあった。


「あの方、ジェード様をお名前で呼んでいらしたわ。どういうことかしら」

「・・・・・・」


クラレットを含め、その質問に答えられる者はそこにはいなかった。







エボニーは例のベンチでボロボロの教科書を握りしめ、泣きながらジェードを待った。

「エボニー。また泣いているの?今度はどうしたんだい?」

「ふ、ジェードさまぁ・・・」

ジェードは声をかけてすぐにエボニーが泣いているのが分かると、ハンカチを差し出し隣に座った。

貴族令息とは思えない気安さである。

エボニーは少しずつジェードとの距離を詰めていった。

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