掌編集

門永 澪

アート

 昨今の富裕層のあいだでは、目玉の飛び出るような大枚をはたいて、アートと名の付く代物を買いあさるのが流行だ。

 すると当然のごとく、この金ぴかの肥溜めみたいな場所には、詐欺師というハエがたかり、贋作という蛆虫が湧き始める。売り手も買い手もこの害虫を駆除しようと躍起になった。しかし敵もさるもので、極めて精緻かつ巧妙な手口で創り出された偽物は、立派な肩書をもつ鑑定人でも真贋を見分けるのが難しい。無論、それを買うお金持ち連中に、真贋が見分けられるはずもない。彼らがアートを買うときに見ているのは、鑑定書と値札だけだからだ。そしておもむろにこう問いかける。

「それで、これは一年後にはいくらで売り飛ばせそうですか?」

 とうとう、とある富豪が数百万ドルで落札した絵画「馬の骨」が、歴史に名を残す偉大な芸術家の未発表作品ではなく、芸術家としては無名な贋作師の手による偽物だとわかった。富豪は激怒して画を叩き壊した。ゴミは環境に配慮して、自家用ジェット機で遠い途上国に運ばれ、その地の漁村に寄付と称して投下された。

 事態を重く見たアート市場の関係者たちは、作品の鑑定にAIを用いるようになった。これは画期的で、かつ非常に効果的だった。AIは贋作を次々と見抜き、ひとでは判別できない細かな違い、些細な違和をも的確に指摘した。こうして芸術作品の鑑定は、AIを中心に行うことが主流となり、人間の鑑定士は半ばお払い箱となってしまった。

 さてこうなると、作品の良し悪しもAIに判定させるべきではないか、アートがアートたるか否か、そのアートとしての価値はいかほどか、AIの方が人間よりも、よほど速やかにかつ一貫性を持って判断できるのではないか、という考えが出てくるのは必定である。

 かくしてAIによるアート作品の採点が始まった。これは非常に便利なシステムだった。AIは作品をひとめ見ただけで、その作品が芸術史においてどのような意味があり、どのような発明があり、どれほどの点数をつけるべきで、どれだけの値段をつけるべきか、ものの数秒で算出してみせたのである。

 そしてお金持ちたちは、この数字をもとにアート作品を買って買って買いまくった。もはや作品をオークション会場へ運ぶ必要すらなくなった。ただAIが算出した数字を、紙に貼って見せてやればよかった。

『作品№98 総合評価:89点 五年後の予想価格:2.5倍』

 こんな具合の紙切れを前に、何百万ドル、何千万ドルという数字が飛び交うのである。

 見事作品を落札、購入したお金持ちたちは、自宅の壁や、犬小屋の床や、トイレの便器の蓋や、赤ん坊のおむつに、立派な額に入れた『作品№98 総合評価:89点 五年後の予想価格:2.5倍 落札価格:八百万ドル』という紙切れを飾って、来客たちにお見せした。

「ご覧ください、すばらしい作品でしょう! 総合評価89点で、五年後には2.5倍に値上がりしていると予想されるんです!」

 作品そのもの? それは外国の立派な港の巨大な倉庫に、厳重に保管されている。お金持ちたちは、作品そのものは目にしない。もちろんそれで、何の不自由もない。だって大切なのは、その作品にどれだけの価値があり、どれだけの値段がつけられたかなのだから。それさえわかれば、作品そのものなんて必要ないのだ。

 そして数年もすれば、もとの倍も十倍も値を釣り上げて、またオークションにかけられる。自分が買った作品を、いちども見ないまま売り飛ばすのは、もはや当たり前のことになっていた。ただ数字が書かれた紙切れが、何百億ドル、何千億ドル、と転売されていく。お金持ちたちは紙切れを相手に、何百万枚、何千万枚という札束を投げていく。

 ところがある日のオークションで、こんなアート作品が出品された。新進気鋭のアーティストが作成した現代アートで、無論のこと、作品そのものではなく、判定結果を印刷した用紙だけが競売にかけられている。

だが、その紙にはこんなことが書かれていた。

『作品№809 総合評価:50点 五年後の予想価格:1.2倍

 ※ただし、この作品を購入した者が手の込んだ自殺をすることで

  作品は真の完成を見せ、

 総合評価:100点 五年後の予想価格:210.8倍

  に変化する』

 この判定結果に参加者たちはどよめいた。

 総合評価百点! これは言うまでもなく、人類史上最高の評価である。あのダ・ヴィンチのモナリザでさえ、AIが出した点数は98.99999999点だったのだから。

 金持ちたちは色めき立ち、たちどころに正気を失い、この作品を何としてでも手に入れようと一斉に熱狂した。

 競りが開始されると買い値は瞬時に跳ね上がり、会場には怒号と怒声と猿叫が飛び交った。そうして最終的には、国家予算を超える金額で作品が競り落とされ、これを手に入れた老いた大富豪は、自身が有する競走馬五十頭に踏み殺されることで自殺を果たした。

 持ち主のいなくなった作品は再び競りにかけられた。次々と買い手が現われた。次々と買い手は自殺していった。真珠を肺いっぱいに詰めて窒息死する。体中の穴をダイアモンドで塞いで絶命する。原子力潜水艦を深海で爆発させる。宇宙船を仕立てて月に衝突する。あらゆる方法で自殺が行われ、そうして作品の値段は天文学的に跳ねあがっていった。

 ……十年もすると、富豪たちが軒並み死んでしまって、世界の全ての国家予算と銀行預金と仮想通貨を束にしても購入不可能となったこの作品は、持ち主不在の状態となった。

 全世界の富豪を狂奔させ、破滅させたこの世紀の大傑作は、しかし実際のところどのような代物であり、何を表現したものか誰も知らない。

 何なら、そのような作品が実際に「在った」のかどうかすら、誰にもわからないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る