第2話 SF(スーパーフォーミュラ) 第1戦 鈴鹿


 月曜日には日本にもどってきて、水曜日には鈴鹿のホテルにはいった。時差ボケはなおりつつある。明日のフリー走行には大丈夫だと思う。

 SFにも女性参加の波がやってきて、2台体制のチームの1台は女性ドライバーとする規定ができた。といっても、今年は移行期ということで、男性のドライバーも認められるが、予選順位の降格がハンディとして与えられるので、各チームは女性ドライバーの獲得に四苦八苦していた。T社には5台中、3人の女性ドライバーがいる。チャンピオンチームのVチームはチャンピオンの坪江と奥さんの美香がのる。朱里の最大のライバルである。KチームにはスーパーGTのチームメートであった庄野がのる。N社にはやはりスーパーGTのライバルであるリリアがのり、他のチームにも外国で活躍していた女性ドライバーがそろい、なんと8人もの女性がそろったのである。この8人の中から、もしかしたらF1ドライバーが出現するとなれば、否が応でも盛り上がらずにはおられなかった。

 土曜日、ヒート1の予選がはじまる。朱里はフリープラクティスで1分39秒台をコンスタントにだしていた。結果、1分39秒908を出すことができ、11台中9位のポジションを得た。昨年はずっと予選最下位かビリ2だったので、大きな進歩だ。野島パパも機嫌がいい。

 午後の決勝ヒート1。22台中18位のグリッドにつく。1台がピットスタートなので、実質17位となる。

 スタートは無難にいった。1台スロー走行をしている。どうやらミッショントラブルだ。

 デグナーの入り口で1台がスピン。コースサイドで停まってしまった。朱里はあやうくぶつかりそうになったが、なんとか避けることができた。こういう危機回避能力は高い。視野が広いと専門家に言われている。

 1周目からSC導入となった。

 4周目、SC解除。しばらく16位で走る。1分39秒台とコンスタントに走っている。ところが、今シーズン初戦。レースは荒れる。

 9周目、今度はS字で2台がからんだ。サイドバイサイドで走っていたのだが、コーナーで左リアタイヤと右フロントウィングが接触してしまい。2台ともスピンしてしまった。またもやSC導入である。

 10周目、SC中だが、ピットオープンになったので、全車がピットインしてきた。朱里も前のクルマに続いてピットにはいった。その時、ちょっとスピードオーバー気味だった。もしかしたらペナルティをとられるかもしれない。

 全車が入ったので、2台体制のチームは待ち時間が発生した。トップを走っていたH社のチームはワンツーで走っていたが、2台目は7位に落ちてしまった。ここで順位をあげたのが、坪江である。予選9位だったが、4位まであがった。セカンドドライバーの美香は順位をさげて、朱里の後ろの16位となった。朱里は1台態勢なので、15位でコース復帰となった。

 SC解除となった14周目、今度はシケインで2台がからんだ。3度目のSC導入である。

 朱里は一時13位まで順位をあげたが、ここで痛恨の宣告がされた。

「ピットスピードオーバーでドライブスルーペナルティ」の発令である。やはり、先ほどのピットインでわずかだったが、進入速度が速かったのである。野島パパからそのことが伝えられ、朱里は無言でピットレーンにはいってきた。朱里のレースはここでおわったのも同じだった。

 結果、朱里は17位で終了。予選の18位よりは上がったが、アクシデントで5台がリタイアしているので、事実上のビリである。ライバルである坪江美香は15位、庄野は13位とポイント圏外ではあるが、まずまずの結果を残していた。今回はマシンのせいではなく、自分のミスなので、レースを終えても無口になって、ピット裏のチームトラックの中で涙を流した。朱里の動きをみていたマネージャーの凛が監督の野島パパにそのことを伝えたが、彼はだまっているしかなかった。心の中で(いいタイムで走っていたのに、自分のミスで上位を逃したことがくやしかったのだろう)と思っていた。その時に、厳しい声をかけても意味はないのだ。


 2日目。日曜日の第2ヒート。天候は昨日よりもよく気温15度、路面温度31度と好コンディションだ。ところが風が強い。スタート時は追い風となっている。

 朱里は昨日よりもタイムを上げて1分38秒台で走った。だが、他のマシンもタイムを上げている。昨日と同じ18位になっている。ライバルの坪江美香はひとつ前にいる。さすがチャンピオンチームである。マシンは熟成の域に達している。

 午後の決勝。午前よりも強い風がふいていて、まるで押されるようなスタートとなった。今日は1周目からピットオープンとなっている。それで5台が早々にピットインをし、タイヤ交換を行った。これで残り30周を走らなければならない。タイヤがもつかどうかは不安要素だ。坪江美香もその5台の中にいて、朱里は13位にあげた。作戦では半分の15周でタイヤ交換をすることになっている。

 その後、ピットインするマシンが相次ぎ、朱里は一時10位にまで順位を上げた。だが、ピットアウトした時の順位が大事なので、ここで喜んではいられない。

 15周目、ピットイン。ここでチームがミスった。右前輪でてこずったのである。4秒のロスタイムとなった。しかし、朱里は無言でピットアウトした。ここでスタッフを責めてもしかたがない。昨日、自分のミスをだれも責めなかったのだ。ミスを受け入れるしかない。コースにもどると18位に落ちていた。予選と同じだ。ここからが勝負だ。

 18周目、S字で庄野においつく。彼女の走りはよくわかっている。堅実な走りなので、ブレーキングタイミングが朱里より早い。そこで、ヘアピンで左に入り、前にでる。これで17位。

 20周目。シケインでN社のリリアに追いつく。ストレートはリリアの方が速い。でもS字のコントロールは朱里の方がうまい。サイドバイサイドに持ち込んだ。そしてデグナーの入り口でインをとって、前にでた。度胸勝負なら朱里は負けない。これで16位

 22周目。今度の目標は坪江美香だ。スプーンカーブを過ぎてから美香のマシンが見えてきて、シケインで間を詰めた。ストレートでスリップにつき、1コーナーでアウトにでる。ところが美香も譲らない。SF歴は朱里が先輩でもレース経験は美香の方が長い。S字はインとアウトを入れ替えてサイドバイサイドとなった。お互い意地の張り合いである。勝負どころはデグナーのアウトとなった。インに朱里。アウトに美香。朱里がぎりぎりで膨らむ。美香は左タイヤをゼブラゾーンにのせてしまい。その分遅れた。次のヘアピンでは朱里が先行した。見応えのある接戦となった。その後も2台の戦いが続いた。だが、朱里の方がブレーキングが遅いので、美香はなかなか抜けない。

 28周目、S字で外国人ドライバーがクラッシュ。コース脇で停まった。ここでSC導入。残り3周しかない。案の定、最終周までSC先導となった。

 朱里は15位で終えたが、ライバルには勝つことができた。それなりの手ごたえはあった。


 夜に、チームの反省会が行われた。監督の野島パパは自分から言うのではなく、スタッフに言わせることにした。以前は頭ごなしに叱ることが多かったが、自分の娘がドライバーだし、去年1年レースを外から見て、冷静になる重要性を感じたのである。今日ミスをしたメカニックからは、

「ナットの取り付けがななめになってしまい、あせってしまいました。もっとスムーズにできるように練習に励みます」

 という言葉に野島パパはうなずいていた。そして、朱里の番となった。

「昨日、私のミスで順位を落としてしまい、みんなにすまないと思っています。今考えると、気持ちに余裕がなかったんだと思います。メンタルをもっと鍛えたいと思います。皆さんもどうぞおいつめてください。それに耐えられるようにします。でも、監督の怒鳴り声だけは聞きたくないです」

 と朱里が言うと、皆から笑いがでた。野島パパもにやけるしかなかった。


 次戦は4月半ばの岡山でのスーパーGT開幕戦。およそ1ケ月の休養であるが、シミュレーションとスポーツ走行の日々が待っている。


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