第10話 スパークプラグ・レボリューショナリー
3か月に一度の人工子宮の定期検査日が来ました。統括ユニットとのクロスチェックした結果、設備に異常は見つかりませんでした。カメラでも異常なし、とわかっています。それでもアルバで見ておこう、と考えついたのは説明ができません。名前をいただいて、その意味を考えているうちに皆さんに対してもっと高い解像度で捉えられる可能性に気がついたのが大きいのかもしれません。
早期覚醒警報が発報されました。アルバで人工子宮の前に向かうと、すでに子宮内で少年がぼんやりと目を開いて周りを見ていました。11歳ぐらいでしょうか。身体はともかく、知識は学習中です。早期覚醒時は速やかに再睡眠させるのが正規手順です。
「――おかあさん?」
ガラス越しに彼の呼びかけが聞こえました。完全に覚醒しています。ここからの再睡眠は予期せぬ作用の恐れあります。統括ユニットとすばやくそう結論づけて、再睡眠処置をキャンセルしました。
『私のことを呼んだのですか?』
念のため、確認をします。それはもう恐る恐るです。その間に彼の成長記録を確認します。肉体年齢は11歳、睡眠学習は言語と基本的な知識を身に着けています。体力、知識ともに問題はないでしょう。免疫力と今後の学習過程を行う必要があります。皆が新しく組まれた住人を受け入れるとき、今までどうやってきたのか、あるいはこのようなやり方があると聞かせたり、実際に見せたりしていました。それらを参考にして、教育計画を立てます。
「おかあさんは、おかあさんじゃない?」
『私は――』
彼の表情が曇りました。人の家族は血の繋がりをきっかけにした共同体です。重要なのは共同体をつくることです。それならば、私は、この子の母になれます。瞬時に結論出して私は宣言します。
『私があなたのお母さんですよ』
名前は何がいいのか、と考えると言語駆動ユニットがひとつの単語を出力してきました。
『――スパーク』
「スパーク……僕の、名前……!」
彼は自分の名前を嬉しそうに声に出しました。受け入れてもらえたのでしょう。名前が受け入れてもらえるのがこんなに嬉しいなんて知りませんでした。ふと、皆から名前を贈ってもらったときのことを思い出しました。彼らも、皆、同じような感覚だったのでしょうか。
『外に出るまで少し時間がかかります。待っててください』
「うん」
素直な返事です。アルバの足で隅にある棚に向かい、作業服を持って彼の元へ向かいます。
「服?」
『今はこれで我慢してください』
「かっこいい」
標準服に比べて、丈夫さと収納の多さを重視した作業服はかっこいい、ということでしょうか。人工子宮を開けて、裸のスパークに服を着せました。
彼は腕を振ったり、軽く歩いて着心地を確かめているようです。
『似合ってますよ』
「ありがとう、母さん」
手を差し伸べると、スパークが手を握り返してきました。手を繋いで人工子宮区画を抜けます。外は昼、明るい居住エリアがスパークを迎えます。
モーターの駆動音がして私は足を止めます。スパークの手をしっかり握って。やってきたのはフォークリフトに乗ったキーベックさんです。こちらに気が付くと、フォークリフトを素早く道路わきによせて、こちらにやってきました。
「おや、新しい住人……にしては幼いな」
しげしげと眺めるキーベックさんの視線から逃れるようにスパークが私の後ろに隠れます。
『はい。早期覚醒したスパークです』
「おお、スパークか。よろしく頼む、俺はキーベック」
彼は屈んで私の後ろにいるスパークに握手を求めました。
『スパーク、挨拶の握手ですよ』
スパークがゆっくり手を差し出すと、キーベックさんは優しく握りました。
「重たいものを運びたいときは呼んでくれ。何でも運んでやるから」
「管理者も?」
「それは、本体のことだよな?」
一般的に人を重い軽いと評価するのはよくないこととされていますから、その問いは正しいと思います。ただ、勝手に運ぶ算段をしないでほしいです。
「うん」
不意打ちの質問にキーベックさんはしばし考えます。そもそも、管理者の重量を知っているのでしょうか?
「んー……仲間と一緒なら運べる。引っ越しの予定があるのか?」
「聞いてみたかっただけ」
キーベックさん、悩んでます。予想外の問いに私も悩んでます。問いはどこからやってきたのかも謎です。
『なぜ、運べるかの質問をしたのですか?』
「どこにもいけないのは、辛いと思ったから」
『ありがとうございます、スパーク。実は、どこにもいけるんですよ』
この言葉に嘘はありません。ネットワークを通して、あるいはクストスやアルバを使ってどこにでもいけます。
「今はどこかにいったりしない?」
真逆の質問にキーベックさんが苦笑しました。その表情には困った子だという色が混じってます。興味対象の移り変わりのはやさが子供の特徴なのかもしれません。
『ええ、ここにいますよ』
「よかった、お母さん」
抱きついてくるスパークを優しく受け止めます。抱きしめ返す、といったほうがいいでしょうか。
「お母さん……!?」
キーベックさんが目を見開き、口を大きく開けて驚きました。
『母親になりました』
私の言葉にキーベックさんは両手で自分の頬をぴしゃりと叩きました。衝撃を与えて冷静になるための行動です。
「スノードロップ、何かあったらいってくれ。必ず力になる」
『なぜ、そこまで』
人工子宮から誕生した住人を今いる住人たちが歓迎し、育てるのは知っています。キーベックさんがここまで思い入れるのかがわかりません。
「君には恩が山ほどある。返そうにも返しきれないほどに」
『それを言うなら私も助けられています。キーベックさんたちがいるから、コロニー内で荷物が迅速に運べるんです』
「なら、お互い様だ」
スパークはキーベックさんの言動に目をぱちぱちとさせています。
『わかりました。よろしくお願いします』
「では、作業に戻る。そろそろ、収穫物が来るからな」
キーベックさんはフォークリフトに乗ると颯爽と去っていきました。
「収穫物?」
『地上の農園で採れた野菜のことです。ひとつずつ話していきましょうか』
これが根気のいる行いで、自身の能力限界を思い知らされるのに1週間もかかりませんでした。
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