第三章 もう一人の……➂

「本当に橋が目と鼻の先だ。いったいどこをどう通ったら行き着くんだ?」

 目隠しを外された火夜は開口一番つぶやく。森の奥地からさして時間を要さずに、一息でトールイデーン王国の国境まで来た気分だった。もちろん訊ねたところで教えてくれないなんてわかり切っているのでひとり言だ。

「秘密だよ、従者殿」

「いちいちしゃくに障る言い方だな」

 得意気に“剛鱗竜コル・タイハ”に乗っている異界人がつぶやきにこたえてくるのがウザい。目隠しをされている間も、彼ははじめて纏うローブにはしゃいで見えていないのに感想を求めてきた。出発前に一応その姿は見ているが、こうもしつこくされると参ってくる。どうもこの始終調子外れのリィーザとやらが、セイカと会ったとき以上に相性が悪いと感じてしまうのはこのひねくれ方が原因だろう。セイカだったら真っ直ぐ向かってくる。

「二人ともよく飽きずに喧嘩していられるな」

「子犬みたいにじゃれついてくるから、可愛くてからかってしまうんだよ」

「誰が子犬だ」

 セイカがすかさず横やりを入れて止めに入ろうとするが、毎回炎が燃えさかってしまう結果となる。トリンなんてそのようすを楽しそうに眺めているだけで、仲裁にすら加わる気配がないので、彼女の加勢も期待できそうにない。

「それよりここからが正念場になる」

 セイカはダゴル橋を細めて見据えて忠告をした。開戦中の国の兵士が橋を通過するのを許可してくれるかどうか、だ。というよりエンヴィア王国の王女トリン・エンヴィアだと身分を打ち明けて、保護下に預かる方法も考えているのだ。これはリィーザの提案で、彼いわく受け入れてくれるとのこと。彼の事情を知っているセイカからすれば、まあそれが妥当な案だと思うのだが、火夜からすれば危険行為だと思われるのもわかる気がするものでもある。

「失敗したら早急に退避だ」

 火夜ははなから失敗する妄想しかできないのか、興奮混じりに剣を握る。

「まずはその猛る気を落ちつけたらどうだい」

 リィーザはこの場にいる誰よりも平常心で、一緒に乗っていたトリンを下ろしてから、“剛鱗竜コル・タイハ”の背を押して森に帰らせる。一番目立つ原因候補が貫禄を出しているのはなぜだか腹が立つ。

「認めてもらえるよう、わたしも全力を尽くしますので、よろしくお願いします」

 戦場の混乱しているさなかに帰還するよりも、同盟国に保護してもらってから帰還する方がはるかに安全で簡単だ。トリン自身も理解している。

 セイカと火夜もカメオの背から下りた。それから一同で頷くと橋までゆっくり向かう。

「止まれ、そこの者!」

 はたして一行はトールイデーンの兵に静止を言い渡された。

「数日前から国境付近は閉鎖されるふれが出ていたはずだぞ、引き返せ。この先は戦場だ」

 さて、どう言い返すべきかとセイカが迷っていると、トリンが一歩前に進み出た。

「あの、トールイデーン王国の国王にお会いしたいのですが、可能でしょうか」

 大胆な人だ。まさか前振りすらすら省いて本題に這い入るとは。話術巧みな部分がある王女だと認識していたので、意外に目を丸くした。

「なにを言っている。身分の高い者でもなければ、おまえはエンヴィアの人間だろう?もしかして運悪く国に帰れなくなって、どうにかしてくださいって国王に頼みにでも行きたいのか」

 高圧的ににらんでくる兵士に軽く顔が渋くなる。どこの兵士も横暴な態度を取るのは想像できるが、はるか上を行っていた。

 セイカはトリンが兵士にたじろぐのかと注視していたが、意外や意外ににらみ返して高らかに宣言する。

「あなたこそ誰に向かって物を言っているんです。わたしはエンヴィア王国の王女トリン・エンヴィアですよ!」

 セイカはトリンのこの決意に満ちた表情から姉ジェリンの面影を感じ取った。やはりこの王女は姉妹なんだと気付かされる。

「ふざけるのも大概にしろ。そんな戯言が信じられると思っているのか。エンヴィア王国の王女がトールイデーン国内にいるわけがない。さては貴様等王に仇なすやからだろ」

 セイカが感心したのもつかの間、兵たちが各々剣の柄に手をあてはじめる。まさかの展開に首筋に汗がつたった。

「そら見たことか」

 火夜が苛立たしげに悪態をついた。

 そのときだった。

「おーい、待ってくれよ。この場はおれに免じて鞘をおさめてくれ!」

 間抜けだが良く通る声が響いた。兵士の背後を見るとカケラウマに騎乗した男性がこちらに向かってくるのがわかる。セイカだけは柄を握って警戒心を解かなかったが、相手の兵士たちは呆気にとられて口が開いてしまっている。

「なんで・・・・・・」

 ひとりの兵士の掠れ声にセイカは怪訝になった。明らかにようすがおかしい。

「王子!軍部の指揮はどうしたんですか⁉」

 もうひとりが大きい声で叫ぶので、流れるように馬から飛び降りた青年をマジマジと観察してしまう。

「遅くなってしまった。おれはミロク・トールイデーンです。お迎えに参りましたのでどうぞおれについてきてください」

 有無を言わせぬその圧にセイカ一同は気圧される。余計なことは言うなとばかりに満面の笑みは、どす黒いものがあると伝わってくる。

 一同が貼り付けた笑みで頷くなか、リィーザだけは口許を緩めていた。

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