第二章 陰で蠢くものたち⑨

 リィーザは藪を丁寧にかき分け、“剛鱗竜コル・タイハ”に跨がって川沿いを優雅に跋扈していた。生まれて初めての外界に心がときめき、川のしずくの音を参考に鼻歌を口ずさむ。

「———どうしたんだい?」

 しばらく調子に乗って口ずさんでいたリィーザは、守護者がまごつき出しているのを察知し、問いかけた。すると自分のような者にしか発しない、謎かけのような言葉が返ってきた。

[同士が消える。“女王レーヌ”が萎む]

 リィーザは険しい面持ちで、ふるえて訴えるようすを聞き入れ、再度問い直す。

「萎む彼女はどこにいる?」

[宿老の胎内、脈絡の水源に。・・・・・・同士が消えた、“女王レーヌ”はしおれた花となった。“メーレ”が花を救い出す?]

「自明だな」

 宿老の胎内、脈絡の水源とは一見するとなにを示唆しているのかわからなくなるが、これはウィリニア帝国が開発事業のいっかんとして山腹を抜けるために掘り出していた地下道のことだ。周辺が水源であるとわかるや、事業を中断してそのままほったらかしにされている地下道となる。現皇帝よりはるか昔のことなので国の人間からは忘れ去られてしまっている事業だろう。その後リィーザの一族の管轄となり、一族の人間が出入りできるように先代が手を加えているはずだ。いくつか抜け道があったと記憶している。

 つまり、外部の人間が手を加えていることに気がつけば、我々の存在に拍車が掛かるのも避けられなくなる。それでは困ったことになる。

 なぜ彼女がそんな場所にいるのか疑問になるが、彼らに教えてもらうよりも目で確認した方がより確実なものが得られると期待していた。

 手綱を勢いよく引いて、一番近い地下道の出口はどこだったか記憶を辿ってから、目的地に向かって走り出す。

 さして時間がたたずに巨石のある場所まで到達し、飛び降りて割れ目の隙間を縫った先の入り口に身を滑らせた。肩肘のしっかりした男性だったら侵入するのは無理な隙間だ。

 リィーザは手探りで、ある一点に触れる。すると、いくらか先が淡く光を帯び始めた。

 これは“通詞者ラーレ”の一族が触れれば淡く発光する木の根だ。触れれば木の根が張り巡られている一定のところまで輝き、また触れなおせば、また一定区間が照らされる仕組みになっている。光源を作り出せば、手ぶらでもどうにかなる便利なからくりだ。

 一寸先は暗黒の、うつろな空間をリィーザは慎重な足取りで一歩一歩、行く先を照らし出しながら踏みしめる。しかし、そこで足を止めた。“通詞者ラーレ”の異能が、地面を通してこちらにまで風のようにつたってきたからだ。

(ほう、地表のからくりまで気付いたか)

 だが、気付いただけで本当の用途まではわかっていないらしい。

 そもそもは自分たちの存在を、地下通路内にいる一族の人間に知らせるためのものなのだ。これはおもに子どもが通過するときに使用されており、子どもは異能が未熟なのを補い、はぐれてしまった子が助けを親に求められるようにもうけられた。滅多に一族の人間が活用することはない通路なのだが保険としての意味合いを兼ねている。

 リィーザは大量の水が自分へと迫っているのを感知して顔をあげた。

 ごおっという音を響かせて濁流がリィーザを呑み込まんと渦巻いて迫るのを、身体全体を黄緑蛍光色に発光させた状態で手のひらを突き出しただけで停止させる。泡沫の一粒一粒までが宙を浮いて停止した。

 軽く掌を振ると、濁流は潮が引くかのように消えていく。

 泥水が引いた。

「———これはこれは、我が目を疑う拾いものをしたな」

 リィーザの眼前には四人の少年少女が折り重なり、気絶して倒れていた。

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