揺らぐ決意、そして崩壊
夏休みが終わり、秋が深まって来た頃。
構内は、お祭りの雰囲気当てられていた。
気づけば11月、もうすぐ文化祭だ。
レナのクラスでも準備が進んでいる。
「レナー買い出し頼まれてくれない?」
「いいよー、結構あるね」
クラスメイトから渡されたメモには、生地やペンなど沢山のものが書かれていた。
1人では重たいかもしれない。
「行ってくるね」
階段を降りて、下駄箱に向かう。
(颯汰に頼もうとしたけど、忙しそうだったしなー)
正門を出て左に曲がったところで、足音が聞こえてきた。
肩を掴まれて振り返る。京介がいた。
「京介?」
「買い出し行くんだろ?田中から聞いた。結構量あるみたいだし、手伝うよ」
レナの肩から手を離し、京介が笑った。
「そこの百貨店だよな?行こう」
買い出しが終わり、大量の紙袋を下げて学校に向かう。
沢山入っていて重いものは京介が待ってくれた。
「ありがとう、京介。重くない?」
「全然。寧ろ軽いよ。レナは?しんどくない?」
「大丈夫」
本当は少し重たいけれど、これ以上持たせるわけには行かなかった。
隣を歩く京介の横顔を見上げた。
前以上に、明るくなったように見える。
「何かいいことあった?」
「え?」
「ニヤニヤしてるから」
「そうか?まぁ、あったけど」
「なになに?ひな先輩と?」
「ひな先輩が、昔の話をしてくれたんだ。俺が聞きたかったこと全部話してくれた」
「それって、前に言ってた瞳の話?」
「そう。俺が先輩と一緒に背負うとも伝えたよ」
「そうなんだ。京介らしいね」
とても浮かれているらしい。
彼の表情は今まで見たことのないほどユルユルとしていた。
初めて見る表情に、胸がズキリと痛む。
(ひな先輩はいいな)
こんなに優しい笑顔を向けてもらえて。
一緒に居ると言ってもらえて。
ー私にはそんな顔、見せたことなかったくせに。
ーその顔、もっと見せてほしかったな。
ー私もひな先輩みたいに京介の知らない顔引き出したいのに。
そんな思いが胸のうちに渦巻く。
だけど、それは叶わない。
京介はひなが好きなのだから。
レナはただの友達で、それ以上でも何でもない。
わかってはいるけれどー。
(こんな笑顔見たら、思っちゃうよ)
ー隣に居るのは自分がいいと。
「買って来たよー」
「お疲れ様ー」
「京介も、手伝ってくれてありがとう」
「おう」
買って来たものを近くにいたクラスメイトたちに渡す。
レナも衣装班の方に移動した。
「どのくらい進んだの?結構、早かった気がするけど」
「半分くらいかな。メイド服はもう出来てるよ」
隣にいた女子がメイド服を見せてくれる。
「すごく素敵だね!」
「でしょー?それ、私が縫ったの」
「流石、ゆき!」
ゆきにメイド服を返しながら笑う。
レナも途中まで仕上げていた衣装を取って座る。
中央に置かれたビニール袋を引き寄せて中から糸を取り出した。
襟の部分を刺繍する。
1着目を縫い終わり、2着目に手を伸ばす。
「それ、ボタンもお願いしていい?」
「わかった、ありがとう」
ゆきからボタンを受け取り、袖の部分に縫い付ける。
「ねぇ、レナ」
「ん?」
ボタンを縫い終わり、糸を切る。
メイド服置いてゆきを見た。
「何?」
「どうだった?」
「何が?買い出し?」
「そう!東郷と!何かあった?」
「何もないけど…追いかけて来てくれたのは嬉しかったかも」
「きゃー!よかったね〜」
「私が京介くんに頼んだんだよ」
「え、こはねが?」
「うん。たまたま、京介くんがレナちゃんのこと探してたから」
「そうだったの?ありがとう、こはね」
こはねに抱きつくと彼女は嬉しそうに笑った。
「進展はないの?」
「ないよー。京介の眼中にもないからね」
こはねの隣に移動して、リボンを取り上げる。
ゆきが目を丸くしていた。
「ええ!?そんなことないでしょ?」
「あるのよ。だって、好きな人できたみたいだし」
「もしかして、青柳先輩?」
「そう」
リボンをメイド服に縫い付ける。
襟の刺繍を仕上げて、机に置いた。
「そっかー、告白はしたの?」
「してないよ。するつもりもないし」
「えー!?どうして?」
「今の関係を壊したくないから。京介は優しいから、私のことで負担になっちゃうと思うんだ」
「それでも!」
こはねがガタンと立ち上がる。
レナは首を横に振る。
「もう決めたことだから」
「だけど!レナちゃんが辛いのは嫌だよ!見たくない」
「ありがとう、こはね」
「そうよ、レナ!気持ちを我慢したらあなたが辛くなるじゃない」
「ありがとう、ありがとう。心配してくれてだけどー」
縫い終わったメイド服を置いて、立ち上がる。
「部活の方、行ってくるね」
「あ、レナ!」
ゆきの止める声も聞かずに教室を飛び出した。
心臓がバクバクとしている。
『我慢したら辛くなる』、『レナちゃんが辛いのは嫌だよ』ゆきとこはねの言葉が頭の中をグルグルと回る。
2人とも心配してくれていることが伝わってくる。
とても嬉しい、だけどー。
(最初から伝えるつもりなんてなかったのに)
この恋は見ているだけでよかった。
京介が笑っているならそれでよかった、はずなのに。
(どうして、こんなにも苦しいの…)
壁に背を預けて、ズルズルと座り込む。
そのまま、膝に顔を埋めた。
ー告白?できるものならしている。
ー京介には幸せになってほしい。
ー笑顔が見られたら十分だ。
ー例え、誰の隣であっても、幸せなら嬉しい。
ーそれでも、思わずにはいられない。
「私が、よかったなぁ」
呟いた途端、涙が溢れてきた。
ポロポロとこぼれ落ちて、スカートに冷たいシミを作っていく。
颯汰には伝えないと言ったけど、諦めると言ったけど、それでも好きだった。
どうしようもなく、京介が好きだ。
ずっと、ずっと隣に居たい。笑っていたい。
レナは隣に居るだけだった。心地よかった。
今の関係が、友達よりも少しだけ特別なこの関係が心地よかったのだ。
壊れてしまうのが怖くて、足踏みをしていた。
そんな時、京介の前に彼女が現れたのだ。
初めてひなの話をした京介は、目が輝いていた。
とても、優しい笑顔をしていた。
その表情を見て、確信した。
ひなが好きなのだと。彼女もそうだ。
ひなもきっとー。
後から後から涙が溢れて止まらない。
胸が痛かった。とても、痛かった。
悲しい。悔しい。痛い。辛い。
沢山の感情が渦を巻く。
伝えたい、と思った。京介に好きだと。
その時、誰かが立つ気配がした。
その人は隣に腰を下ろす。
「どうしたんだよ?」
「京介?」
「こはねちゃんが心配してるぞー。レナが戻ってこないって」
「そうなの?すぐ戻らなきゃ」
グイッと目元を拭って立ち上がる。
京介が何か言う前に踵を返した。
「待てよ」
「何?」
「天野部長が探してたよ」
「私を?あ!部活の方行かなきゃ!」
京介がレナの手を掴んだまま、離そうとしない。
「離したよ」
グッと引いてみても、ビクともしない。
「嫌だ」
「どうしてよ?」
「心配だからだよ」
振り返ると、京介が眉を顰めていた。
その顔から心配しているのがわかる。
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫だから」
「嘘だ。そんな顔してるくせに」
どうして、気づいてしまうのだろう。
(今がチャンスなのかな)
真っ直ぐに京介を見つめる。
鼓動が速くなる。顔が熱い。足が震える。
「レナ…?」
京介が手を離す。レナは両手を握りしめた。
逃げそうになる足を叱咤して、京介を見つめる。
ただ、伝えるだけでいい。それだけでいい。
返事はわかっているのだから。
「好き」
「…え?」
「京介のことが、好きなの」
スカートを握りしめて、京介を見つめる。
その顔は赤くなっていた。初めてみた。
ひなだけに見せる顔だと思っていた。
(嬉しい)
たまらなくなって、俯いた。
京介は何も言わない。迷っているのだろう。
「ありがとう。だけど、俺は」
「知ってる。ずっと、見てたもん。…本当は伝えるつもりなんてなかったんだ」
パッと顔を上げて、後ろを向く。
数歩歩いて京介を振り返る。
「伝えたくなっちゃったの。返事は?」
「…っ、俺はひな先輩が好きだから。ごめん」
「…うん。わかってる、わかってたよ」
「ありがとう、好きになってくれて。こんなこと言うのはずるいだろうけど、友達として仲良くしたい」
「うん、うん。私もそうしてもらえたら嬉しい。だけど!私が京介を好きだって知っててほしかったの。じゃあね」
今度こそ、部室へと向かう。
抑えていた涙が、今にも溢れてしまいそうだった。
ーバイバイ、私の恋心。
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