第24話「響け恋のうた」

 その日、非番だった衛兵アルフレッドは、陽だまりで大好きなベーコンエッグを食べていた。香ばしく焼かれたベーコンの脂が、半熟の黄身にじゅっと染み込み、珍しくライスではなくパンにのせて食べると、思わずため息が出る。


「……んまい」


 それでも、心は晴れない。

 心のどこかがずっと、重たい。


「お代わり、いる?」と店主の絵留が声をかけるが、「いや、もういいです」と珍しく断った。


 アルフレッドの胸の奥にはずっと一つの想いがくすぶっていた。


 窓際の席に静かに座るエルフ、ミレイ。

 年齢など関係ない。美しさ、気品、どれも彼女を言い表せない。

 彼女の静けさと優しさの奥に、悲しみを知った者だけが持つ深い温もりがあった。


 カーチス大司教の葬儀のあと、ミレイはしばらく店を休んでいた。

 久しぶりに戻ってきた彼女は、白髪を結い直し、口紅をひいていた。

 そして誰よりも柔らかく笑った。


 その笑顔が、アルフレッドには尊くて、美しくて。

 けれど、その笑顔を壊したくなくて、想いを伝えることなどできなかった。


「……なんでだろうな」


 彼はぽつりと呟いた。


 ⸻


 昼過ぎ。

 ふらりと街を歩いていると、ふと風が吹いた。


 すれ違う白い影。


 振り返ると、そこにいたのは、ミレイだった。


 淡いクリーム色のワンピースをまとい、麦わら帽子を手に持ち、川沿いの風を楽しんでいた。

 陽の光に白銀の髪が輝き、その姿はまるで、時の流れの外にいるかのようだった。


「……ミレイさん?」


 思わず声が漏れた。


 ミレイが振り向き、微笑む。


「あら、アルフレッド坊や。非番なのね?」


「はい。偶然です。街を、ただ……歩いていただけで」


「ふふ。たまにはそういう時間も大切よ」


 ミレイは、川沿いのベンチに腰かける。

 アルフレッドも隣にそっと腰を下ろした。


 ⸻


「この道、カーチスとよく歩いたのよ」


「そうだったんですね」


「幼い頃は、何を見ても『どうして?』『なんで?』って聞いてくる子だったわ」


 ミレイは空を見上げる。

 その横顔は、どこか遠くを見ているようだった。


「……彼が空に旅立って、もう三ヶ月。ようやく、風の匂いが分かるようになってきたの」


「……はい」


 沈黙が流れる。

 それでも苦しくはない。

 彼女と過ごす時間は、言葉がなくても意味があった。


 アルフレッドは口を開いた。


「俺、ずっとミレイさんに……想いを伝えたいと思っていました。でも、それがミレイさんを困らせるんじゃないかって、ずっと迷ってたんです」


 ミレイは驚いた顔をして、アルフレッドを見た。


「私に?」


「はい。でも、今日は……伝えようと思いました。カーチス様のことで、泣いていたミレイさん。笑ってくれるようになって、それが……本当に嬉しかったんです。だから……俺は――」


「ありがとう」


 言葉を遮るように、ミレイが言った。

 その声には、涙がにじんでいた。


「私は……時を重ねるたびに、大切なものを失ってきました。仲間、家族、友、そして子……そのたびに、私は『大丈夫』だと思って、前に進んできた。だけどね、本当は、誰かに『大丈夫だよ』って、言ってもらいたかったのかもしれない」


 アルフレッドは何も言えなかった。


 ミレイが微笑む。


「あなたがいてくれて、私は……少しだけ、また強くなれる気がするの」


 彼女はそっと、アルフレッドの手に自分の手を重ねた。


 ⸻


 その日、陽だまりには、いつものベーコンエッグが出された。


 けれど、アルフレッドの皿には、小さな目玉焼きがひとつ添えられていた。


「店主が言ってたのよ。“エルフの恋は気づかせるもんじゃなくて、育てるもんだ”って。ダークエルフのくせにね」


 ミレイが自分の冗談でくすりと笑う。


 アルフレッドも、思わず笑った。


 ベーコンエッグの黄身は今日もとろけていたけれど、彼の心の中でとろけていたのは、もっと優しくて、あたたかいものだった。

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