第20話「お昼はたこ焼き!」
「本日も完売っと。ありあとーっした♪」
扉の鈴が鳴り、最後の客であるミレイが陽だまりを後にすると、絵留はカウンター越しに大きく伸びをした。
陽射しはやさしく、少しだけ傾いた光が窓際の植物の影を床に落としていた。
「ふふ。今日も忙しかったな。お疲れさま、エル」
最近、ラミスは自分から話しかけてきたり、お疲れ様なんて労いの言葉まで言えるようになってきた。昔の魔王だなんて、信じられないくらい物腰も表情も柔らかい。
「ラミスもね。皿洗いも注文取りも、バッチリこなしてくれて助かったわ。今日もおどげでない量だったからさ」
【おどげでない】:宮城訛りで"とんでもない"という意味。
エプロンを外しながら、ラミスが少しだけ微笑む。
「あっ、ラミス。今日は特別に、あれやる?」
「……“あれ”?」
「たこ焼きパーティー!」
「っ!?あれか!前に言っていた、熱くてカリカリでふにふにしているという!」
ラミスが目を輝かせて飛び跳ねた。
「うんうん。もう腹ぺこやろ?お昼ご飯、まともに食べてなかったし」
「なんだその喋り方。エル、お前は咄嗟の訛りが難しいんだよ。でも確かに……腹が減っている」
絵留はカウンター下から、鉄の塊のようなごつい「たこ焼き器」を取り出す。
使い込まれた黒い鉄板は、先代の店主が昔に使っていたという代物で、絵留にとっては思い出の品でもある。
「油、引いてー……」
「この油がからりと熱で弾ける音、嫌いではないな」
鉄板の熱に小麦粉の生地が落ち、すぐに白い泡が立ちのぼる。
ネギ、天かす、紅しょうが、そしてメインのタコをひとつずつ丁寧に落としていく。
「ここでちょっと我慢。まだ触っちゃあかんのやで」
「じっと見てるのは、なかなかむず痒い。すぐに手を出したくなる」
「料理は“待つ”のも仕事やで。……今!」
串を手に取ると、絵留がスナップを利かせてひとつずつ回していく。
「ほう、丸くなっている!上手いものだな」
「ほれラミスもやってみ。ちょっと難しいけど、慣れれば楽勝や」
「…むむむ。くっ、失敗した!」
「あー、これは潰れたなあ。ほら、あんまり力入れすぎたらあかんで。優し〜く、こう」
並んで鉄板を囲みながら、二人の肩が触れ合う。
湯気の中で交わされる笑い声が、まるで夏祭りの縁日のように心を弾ませた。
「よっし、焼き上がり!」
「ソースはこの甘辛いやつ? そして……マヨネーズ?これは焼きそばにかけるものじゃないのか?」
「ざんねーん。マヨネーズは色々な物に合うんだなぁこれが。そしてソースどばー、マヨぴゅー、鰹節ふわっ、青のりぱらり。これが正義!」
ソースとマヨネーズの重厚な香りと、からりと焼けたたこ焼きにかかる鰹節と青のりの胃をくすぐる香りがたまらない。
「こ、これは美味そうだ。い、いただきます」
「熱いから気をつけてなー」
「ふっ……あっつ!! でも……おいしい」
外はカリッ、中はトロッ、タコはぷりっ。
いくつもの食感と味が舌の上で踊る。
「ふふっ、口の中、火傷しそうだ。でも……この味、すごく懐かしい感じがするな」
「ん?1000年前にも似たようなもんあったん?」
「いや、違う。あるはすが……記憶違いだろう。でも、なぜかこうやって、誰かと一緒に作って、食べて、笑うって……きっと時代も世界も超えて、大事なことなんだなと…思ったんだ」
「……ラミス、やっぱりあんた、いいこと言うわ」
「ふん。」
たこ焼きを頬張るうちに、鉄板の上から一つ、また一つと丸いたこ焼きが減っていく。
「……さすがに食べすぎたか?」
「まぁね。二人で50個は焼いたかんねー」
「そんなに!?」
「こりゃ太るで」
「午後は買い出しに歩こうな」
テーブルの上には空になった皿とソースの染み。
手の甲には油が飛んだ跡、顔にはうっすらソースの痕跡。
けれども二人の顔には、穏やかで満ち足りた笑顔だけが残っていた。
「ねえラミス」
「ん?」
「次は、誰か呼んでやる?アデルとか、ピアウズとか、先生とか。リンダばぁちゃんは…なんか熱いの食べたら逆ギレしそうだかんなー。」
「きっとグラセラは器用にくるくる回すし、アニューはソースの量で張り合ってきそうだ」
「ミレイさんには、にんにく入りたこ焼きでも出すか」
「やめとけ!強烈すぎる!」
少し笑いながら、ラミスが転げるように座布団の上で丸くなった。
「……勇者にも、これを食べさせてやりたいな。」
「なんで?」
「お前はこんな美味しい物を食べたことがないだろう。私の勝ちだ、とな」
少し物悲しそうなその言葉に、絵留はほんの少しだけ、寂しげに目を伏せた。
でもすぐに顔を上げて、ラミスに笑いかける。
「ね、次はチーズ入りとかいってみよか?」
「ふふ…チーズか!それは良い案だ」
そうして陽だまりの午後は、たこ焼きの香りと笑いに包まれて、静かに、でも確かに、あたたかく過ぎていった。
閉店。
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