第12話「ごはんはおかずだ納豆だ」

 今日も朝早くから、陽だまりに客が並ぶ。その中でも、二人分場所を取るほど大柄な男が店主へ声をかけた。


「よし、今日もを食いに来たぞ!」


 扉がガラリと開くと同時に、店内にどすんと響く重たい足音。

 それは陽だまりの常連にして、筋骨隆々のドワーフ、ボルグ・ツァルネンその人だった。


「おはようござーすボルグのおっさん。今日は、また納豆なわけ?」


 絵留が慣れた調子で声をかける。


「決まっておろうがダークエルフ。納豆だ!ライスも少しつけてくれ。あくまで添え物としてな!」


「はいはい、相変わらずごはんはおかずね。つかダークエルフじゃねえって」


 ──ボルグは筋金入りの納豆狂いだった。


 ある日、王国と武器の商談に来た彼は、早朝たまたま見つけたこの店の納豆を食べ、それ依頼こだわっている。蒸した大豆を生き神のように崇め、糸を引く姿に感動し、その香りに酔う毎日。

 毎日王国へ来る必要はないのに、わざわざ遠い山からやってくるのだ。

「朝昼晩の三食すべて納豆でも構わない。むしろドワーフとして誇らしい。」とまで言っている。


 そんなある日、店主が何気なくつぶやいた。


「あ、そうだ。ネギ、入れてみ?青ネギの、ちょっと辛味のあるやつ。やっと入荷してさ、風味が変わって美味いよ。」


「……ネギ、だと?なんだそれは…」


 ボルグの目が見開かれる。

 彼にとって納豆は完成された神域。そこにショーユ以外の異物を混ぜるなど――だが、信頼するこの店主が言うならば。


「よかろう。乗せてみい」


「ったく偉そうに。お待ちをーっと。ラミス!裏の畑からネギ1本ぶっこ抜いてきてけろや!」


『がらがら』:宮城県訛りで"急いで"という意味で使われる。


「わ、わかった。この前植えてたあれだな。」


 そういってラミスはエプロンを脱ぎ、手袋をして裏口へ向かっていった。すぐに土付きの細い野菜を手に持った彼女が戻ってきて、それを見てボルグは目を見開いた。


(や、野菜?あんな細い野菜がネギ…一体納豆をどんな存在に変えてくれるというのだ)


 最初は疑心があったものの、今やワクワクとした冒険心に変わっていた。


 供されたのは、刻んだ青ネギがこんもり乗った熱々の納豆ご飯。匙を入れれば香りが立ち、湯気の向こうに食欲の神が微笑む。目新しいものが好きな陽だまりの客達は、その様子を横目で見ていた。


「こっ、これがネギ納豆…。では」


 スプーンで大盛りひとくち。そして噛む。


「…………ッッ!?」


 思わず瞳孔が開いた。


 口内から鼻の粘りの奥に、ツンと鼻を抜ける青ネギの刺激。

 えぐみではなく、鮮烈。そこへ追いかけるかのように芳醇濃厚な納豆の香りとショーユの塩気がやってくる。これは…まさしく革命。


「なぜ…なぜもっと早く教えなかったァァァァァ!」


 ボルグは叫んだ。あまりの感動にテーブルを叩き割りそうになったのを、なんとか自重した。


「ごめんてばや。色々あって、ネギが入荷できなかったんだ。まぁ、今度から店の裏の畑で育ててるから、いつでもトッピングで注文してね」


 だが問題はここからだった。

 その日の晩、彼は王国のドワーフ御用達の飲み屋で各地のドワーフに《陽だまりのネギ納豆》を吹聴して回った。


「人間の店で、納豆にネギという野菜を混ぜる妙技を見たんだ!これは納豆の新時代だ!」


 結果──


「おらぁネギ納豆くれ!」「ネギを山盛りにな!」「持ち帰りもできるのか!?」


 翌週には各国のドワーフが大挙して来店。


「……しばらく納豆、仕入れ増やさねとねぇ」


 絵留は苦笑いを浮かべたが、客の満足げな顔を見れば文句はない。


「私はここ数日ネギを抜いて細切れにする仕事しかしていない気がする」


 その様子を見て、ラミスも苦笑いをしていた。


 今日も陽だまりでは、納豆をかきこむ音と、ドワーフたちの陽気な笑いが響いている。

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