第8話「魔女子さんはホットケーキが好き」
崩落事故から翌朝。
救助から戻った冒険者たちで、店内はほどよく賑わっていた。衣服や顔は埃や土だらけでボロボロ。だが、事情を知っていた店主はその疲れ切った勇気ある者達の顔を見て「いいよ!たくさん食べていって!」と受け入れたのだった。
「ん~!あまぁ~~い香りぃ~~っ!」
くるくるっと漆黒のスカートを翻しながら、魔女帽をかぶった少女がカウンターに飛びついた。
灰色がかったローブの裾から、魔法書の端っこがちらりと覗く。
「ねぇねぇダークエルフの店主さーん!ホットケーキ、できてるぅ?できてるぅ~?私、昨日めっちゃくちゃに頑張ったんだからぁっ!」
「はいはい、もうちょっと焼けるから待っててよ。てかダークエルフじゃねぇって何回言わせるし」
カウンターの奥で、店主がぼやきながらも落ち着いた手つきで焼いている。
鉄板の上でぷつぷつ泡を吹いて、きつね色に焼き上がる二枚の生地。バターがジュワッと溶けはじめる。
「ふふーん♪ 今日はラグスおじさんにゴチになっちゃうのだ~。だって私、すっごくすっごくがんばったもーん!」
「わかったわかった。確かに、頑張ってくれたな」
そう言ってカウンターの隣に座ったのは――
例のトレジャーハンター、ラグス・パンドン。煙草をくわえ、いつもの味噌おにぎりを横に置いている。
「お前、若いのに随分と難しい魔法まで使えたんだな?いい働きだったよ」
「えへへ~、もっと褒めてもいいのだよ?」
ラグスが笑って肩をすくめる。
「しょうがねぇ魔女子だ。もう一枚、追加で頼んどくか。ホットケーキ二段重ねな。それに他のやつらもホットケーキ頼むなら今日は俺の奢りだ!他の品は奢らないからな〜?」
「やったぁ~~~~~!!」「ラッキー!」と店内が盛り上がっていた。厨房から「ひぃ〜」と店主の悲鳴が聞こえたが、全員が聞こえないふり。
魔女子の名はミュリナ・ローズ。まだ若いが魔法の扱いは一級品。冒険者ランクはまだCだが、今回の救助で浮遊魔法や探知魔法など、多種多様な魔法で活躍したため、一気に名が広まるだろう。
ドヤ顔でくるくる回るミュリナの頭をリンダが引っ叩いた。
「調子に乗るんじゃないよ!はしたない!」
「痛ったいよばあちゃん!?頑張った孫に当たり強くない!?」
そしてリンダの孫の一人であった。
「はははっ。若い子はこれくらいがいいのさ」
そのやり取りを店のテーブルで一人、茶を飲んでいたグラセラ・ヴァンがちらりと見ていた。
(……ラグス、あんなに柔らかい声、出せたんだ)
(……ふーん。へぇ。ふーん)
ホットケーキがカウンターに運ばれる。ふっくら膨らんだ二枚のパンケーキに、黄金色のバターがとろけ、メイプルシロップがたっぷりかけられていた。
「ぴゃあああああ~~っ! しあわせが目の前にあるううう!」
ミュリナは満面の笑みでフォークを構える。
「いただきます♪」
ぱくっ。
口いっぱいに広がる甘さとあったかさに、彼女の目がとろんと緩む。
「~~~~~~~んもぉおおおおっ、好きぃ~~っ、この味~~~っ!」
グラセラはそっと麦茶を飲み干し、席を立とうとした――が、足を止めた。
「……店主、ホットケーキ、ひとつ」
甘いものを食べる姿を見たことがないため、ラグスは少し驚いた。
「……先生も?」
「ホットケーキなら、奢りなんだろ?僕だって頑張ったんだからね。あ、店主!バター多めで!あと……あれ。メイプル。めちゃくちゃかけて。」
「ほーい。……いつもは食べないのにね」
「……うるさい」
彼女は再び腰を下ろし、カウンターに背を向けるように座った。
背中越しに、ミュリナの笑い声と、ラグスの低い笑いが聞こえてくる。
(……なんで……あんな笑い方するんだか……)
(……別に、あんなガキに負ける気なんか。ん?負け?)
自分の不思議な気持ちに疑問を持った時、給仕に運ばれてきたホットケーキがコト、と目の前に置かれた。
焼きたて、ふわふわ。バターがとろけ、メイプルがオーダー通りにめちゃくちゃにかけてあり、つやめいている。
グラセラは、しばし見つめたあと小さくため息をついて、そっとフォークを入れた。
(甘すぎるだろうな……。でも、悪くない)
その横でミュリナは追加注文の二段ホットケーキをぺろりと平らげ、満足げにほほ笑んだ。
「ラグスおじさ~ん、ごちそうさまっ♪ ……あれ?そこに座ってるのって、もしかしてグラセラ先生?」
ミュリナはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、音もなく後ろに忍び寄った。
「一番の活躍者なのに、どうしてこんな静かなの?もしかして……ホットケーキ、初めて?」
グラセラはピクリと肩を揺らした。
「……うるさい。たまたま気が向いただけさ」
「へぇ~、たまたま~。たまたま、ラグスおじさんが隣であたしに奢ってくれた時にぃ~?」
「……あんた、わざとだね?」
ミュリナはくすっと笑って、彼女の横に腰を下ろした。
「んーん、そんなことないよ。ただ――」
にやりと笑って、耳元で囁く。
「やっぱ、大人の嫉妬って、かわいいな~って思っただけ♪」
グラセラはバターの染みたフォークを握りしめ、顔をそむけた。
「ガキがっ」
頬が、ほんのり熱を帯びていた。
閉店。
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