第12話 かつての学園はどこへ

「それじゃあ、番号の奪い合いは起きないじゃないか」


「そうだよ。だから、正直みんな諦めてるんだ。どれだけ上に行きたくても、そもそもの装備が違うから技量もクソもない。おかげで、学園内は今おかしくなってる」


「……僕の時はそうじゃなかった。どんな人間にも上に行くチャンスを、強くなるための装備を与えてくれたところだった。じゃなかったら、今の僕はいないし」


「僕らはまだマシなんだ、これでも。番号を持ってない層なんかは、ギアすらレンタルになっているし、その借りた分の支払いは卒業後に一気に請求なんてことにもなってる」


 坂平の言っていたこと、そして美由紀のあの時の対応がなんとなくわかった気がした。叢雨の言っていたことがもし本当なら、残火と呼ばれる人たちが何かしら関与しているのか。まだわかっていない状況ではあるが、一つ言えることはここは僕が知っているスコアではないということ。

 ある種残酷ではあるが、全員に機会を与えるよう努めていた場所だったはずだ。勝者総取りなのは変わらないにしても、全員がリスクを背負って挑む価値はあった。だけど、今ではリスク以外ない。勝ったとしても、その先に見えない巨大な壁がある。


「今の樺咲君が持ってるギア、形的には古い方だと思うけど、今の学園内でそのレベルを所持できるのは第三十より上だけだよ。だから、正直立花くんはすぐに負ける。初めからそれがわかってて、もしかしたら牛津川さんは自分を対価に設定したのかも」


「彼もそれぐらいはわかってるのかな」


「どうだろう、自分と同じくらいのギアだと思ってるんじゃないかな」


「とりあえず、できる限り慣らしをしておきたいから、やろうか」


 お互いに正面を向き、肩に手を伸ばしてギアを起動させる。僕のギアはすぐにメタを排出しながら体を覆っていくが、蕪木くんのギアは明らかに起動後も動作の不良が目立った。そして、僕のギアが完全に展開を済ませた時点で、彼の装甲はところどころに穴があるような状態で、武器の形すら少し朧げだった。


「……よし、準備できたよ」


「ところどころ生身の部分があるのは、どういう理由で?」


「ああ、これは修理できなかったところだね。年に三回まではメンテナンスしてもらえるんだけど、担当者はランダムでさ、新入生の子がメンテナンスしたりするとこうなるんだよね」


 新入生がメンテナンスをしている、それは明らかに異常だ。本来なら上級生とペアになり、少しずつメンテナンス方法や成り立ちを学び、本格的に修理が許可されるのは二年生になってからだ。一部一年生からできる特例もいるが、それは基本同学年かつ予備のギアのみ扱うことが許される。本番用は必ず三年か四年生が対応する。

 所持できるギアが一個ということは本番用以外ないわけで、本来なら三年以上が対応する内容を新入生がやれば、それはこうなるに決まってる。でも、今の学園はそれをよしとしている感じを察するに、やはり変だとしか思えない。


「それにしても、樺咲くんのギアは綺麗だね。大事にしないとだよ」


 形が定まっていない刀のような武器を構え、こちらに向かって飛び込んでくる。それを僕は右手で受け止めると、空いている左手で刀身に拳を叩き込む。触れた瞬間に、僕の拳から出たメタが刀身を凄まじい速度で削っていく。もう一つのギアは、予備としてはあまりにもピーキーすぎて使いたくないのが正直なところだ。

 武器は己の体のみで、触れた対象をメタの高速移動により削るというものだ。銃弾やミサイルなどの飛び道具も、刀や槍のような近接武器も触れた瞬間に削るため、ダメージを抑えることができる代わりに、僕自身の戦える距離が極端に短くなってしまう。完全に接近戦用のギアだ。


「何それ、見たことない」


「そりゃそうだよ、僕も含めて今まで使ってるのは三人しかいないんだから」


 刀身は火花を散らしながら削れて真っ二つとなり、短くなった刀を修復することもなく、彼は戦いを続ける。攻撃をいなす際にも削っているため、火花は絶えず散り続け、少しずつ彼の武器が形を取り戻していく。このギアの弱点である、相手の武器の威力を上げてしまうというのが発揮されてしまった。

 切れ味を取り戻した、なんなら先ほどよりも明らかな形を手に入れた短刀で、彼はどんどんとこちらを攻撃してくる。加えて僕のギアの特性を利用しようと考えたのか、もう一本追加で出来の悪い刀を作ると、わざとそれを僕の装甲に当てて研いでいる。ものの数分で、彼の手には完璧に研がれた二本の鋭い刀が握られることになってしまった。


「そのギアって、強いの?」


「正直言うと、これって出てすぐに使われなくなったんだよね。君みたいに勘がいい接近戦タイプの人間に、全自動の砥石だと思われちゃってさ。今この瞬間も、まさに悪いところが出てるよ」


「だけど、正直僕も分が悪いのは分かってる。ギアの状態云々より、切れ味と引き換えに僕はメタを消費せざるを得ないわけだからね」


 流石に調子には乗らなかったので、少し驚いた。実力で第百以内に入ってるだけのことはある。これで接近戦タイプのギアを使用しているやつに、自前の武器をがんがん削らせて、気がついた時にはメタがほとんどなくなっていて、装甲の修復ができずに終了という形が、このギアの王道の勝ち方だ。要は近接で持久戦に持ち込むのが理想なのだ。

 作戦は見事に成功している。僕の方はまだまだ余裕だが、彼の様子を見るにもうだいぶメタを消費している。このまま戦いを続ければ、彼の装甲が徐々に減っていくのは明白だ。つまり、メタの消費でジリ貧になって僕が勝つ。


「……ありがとう、軽い慣らしはできた。本当に助かったよ」


「いや、続けよう。そういう風に慣らしだから、なんて言って手を抜いて本番で負けた人を何人も見てきたから、ここで完全に勝ち負けを決めずに終わるのは気分が良くないんだ」


「……本当にいいの? ギアはそれ一個でしょ?」


「もともと壊れてるようなもんだしいいよ。それに、近々もらえるって話もあるんだ。何も対価を支払わずに、数段上のグレードのやつを二つも」


この環境下で、他人にギアをあげるような聖人がいるんだと感心してしまった。しかし、同時に少し疑ってしまう。番号のない生徒からギアを巻き上げて、レンタル費用を取って戦わせるような異常な形態の学園内で、いったいどこの誰がギアを無料であげるなんて芸当ができるのか。


「それって、どんな人なの」


「今の第一、久留瀬花道(くるせはなみち)さんだよ」

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