第6話 決着がつくとメンターが来る
「美由紀、そんな趣味とかあったの?」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねえよ」
僕を固定していた黒く細い手は、ゆっくりと僕の体を覆っているメタを剥がし始める。金属同士の擦れる音と電子回路が破損してショートしていく。正直、肩についているギアを破壊すればいいはずなのだが、なぜか彼女はそれをしない。
やっぱり僕を分かっている。僕は大体ギアにも仕掛けを施して戦いを挑む。今回のギアは、本体に破損が確認できた瞬間にメタを全て回収し、先ほどと同じような爆発を起こすタイプだ。僕は生身になってしまうので今まで使ってこなかったが、これしかないので仕方がない。
「そんな風にちまちま攻撃せず、僕の首を取るなりギアを破壊するなり叩きつけるなりすればいいじゃないか」
「お前の心を折ってからだ。何しに来た? あれだけ派手に暴れ散らかして、自分の体すらも武器に使って勝利したと思えば、学園を去った。なのに一年で復学。狂ってるのか?」
「それが聞きたかったの? だとしたらまわりくどすぎるよ、僕の知ってる美由紀じゃない」
「昔は昔だ、ギアも戦い方も変わってる」
いまいち彼女の真意はわからないが、正直まだ足りない。なぜか手が止まってしまっているので、もどかしい状態ではあるが今は耐える。床に落ちたメタの量、そして体についている残量をざっくり計算して加味しても、これではまだ奥の手を使うのは難しい。
どうすれば彼女はもっと僕のメタをはがしてくれるのか。作戦がある以上悟られてはいけないが、そもそもなぜこんな状況になっているのかもいまいちわからない。美由紀に言われるがままに戦ってみたはいいものの、あきらかに本気じゃないし、攻撃がどれも単調でつまらない。
そして、話を始めたら始めたで攻撃の手を止める。これは何かあると、流石の鈍い僕も勘繰ってしまう。彼女は何か伝えたいことがあるのだ。
「とりあえず、この戦いはちゃんと最後までやろうよ。僕の勝ちでいいからさ」
少し戸惑っていた彼女の顔が急に変わった。言われなくてもわかる、何言ってんだこいつ、そんなことを言いたげな顔だ。なんだかおかしくて笑ってしまった。
「何笑ってんだ!」
僕の装甲を剥ぐ速度が一気に増していく。液体に戻ったメタがどんどんと床へと落ちていき、ついには胸部と股間周辺以外は生身の体になってしまった。腹部は剥がされている分、妙に滑稽な格好にさせられて少しだけ恥ずかしい。どうせなら股間の周辺も剥いで欲しいところだが、こういう妙な配慮をするのが彼女の悪癖だ。
「あのさ、どうせなら股間周りも剥がしてくれた方が助かるんだけど、なんか
すごい恥ずかしい格好にさせられてる感じがするんだ」
「お前でも恥じらいはあるんだな。悪い悪い……そこはちょっと、いいや。大事だろ」
「何がいいんだよ、今僕の姿を見て、自分でやっててもわかるだろ、明らかに笑い物だよこれじゃあ。確かに心臓も大事だし、男についているものも大事だけど、だったら腹も大事な内臓が入ってるんだから剥がさないでくれよ」
「うるせえ! 剥げばいいんだろ!」
そう言って彼女は僕の胸部に手を伸ばし、装甲を引き剥がして床へと投げ捨てた。これで僕は股間だけを守られている、なんとも恥ずかしい格好にさせられてしまった。こういう時に家族の顔が浮かんでしまうのは、なぜなんだろうか。
「これで文句はねえだろ、男としてのプライドは守れるんだから」
「すごい辱めを受けている。これは僕も少し怒るよ」
「ここまで来て何か手立てでもあるのかよ」
「ようやく必要な量が落ちた。ありがとう」
床には発射台とセットされた一発の弾丸。顔の部分を真っ先に剥がされてしまったので、人力で狙いを合わせないといけないのが大変だが、なんとなくその辺りは応用が効いた。
彼女が下を向くのと同時くらいに、僕の右耳を高速で弾丸が掠めていった。右耳に違和感と痛みを感じるが、それは目の前の状況に比べれば全然問題ない。彼女の体を傷つけることなくギアを打ち抜き、僕を拘束していた黒い腕がボロボロとなって崩壊していく。
「お前こんなことできたの?」
「美由紀がやった、僕の装甲を少しずつ剥ぐっていう謎の行動があったからできたことだよ。本当に勝ちに来てたかどうかも不明だけど、今回も僕の勝ちだね」
僕を天井に磔にしていた腕が消えたことで、重力に引っ張られて床へと落下していく。この距離ならなんとか生きられるかも、なんて考えるまもなく彼女は僕を抱きかかえて、床へと着地した。
崩壊していく彼女の装甲から出て来た生身の彼女は、少し悲しそうな表情をしていた。負けて悔しいのかもしれない。
「今回も僕の勝ちだったね、だいぶ手を抜いてもらった感じはしたけど」
「ああ、そうだな」
なんだか先ほどの元気がなくなったように、急にしおらしくなってしまった。今までの戦いを考えても、彼女はこんな様子になったことなんて一度もなかった。大体、ギャーギャー言いながらすぐにその場を立ち去る。
だけど、彼女は目の前でしおらしくして立っているだけだ。
「なんかあったの?」
「……本当は最初から樺咲だって気が付いてて話しかけた。勝てると思ってなかったけど、戦いを挑んでみた。晶、助けてくれ」
「詳しく聞かせて」
彼女が口を開こうとした瞬間に、ドアが勢いよく開かれて一人の生徒が堂々とした振る舞いで入ってきた。
緑と紫のオッドアイ、坂平よりやや低いぐらいの背丈に腰まである黒髪ロング。彼女はどんどん進んできて僕の近くでこちらに手を伸ばしてきた。
「久しぶりだな、晶」
美由紀が驚いた顔をしてこちらを見るが、僕も同じような顔をしていたのか、今度は怪訝そうな表情をして彼女を見返した。僕の記憶には全くと言っていいほどに、彼女に関するものがない。こんなインパクトしかない人間、一度でも会えば記憶に残るはずだ。
「あの、どちら様ですか」
「……そうか、まだ会ってなかったか。あの決闘で、てっきりあったものだと思ってしまっていた」
「あの決闘……、まさかあんたが叢雨?」
「いや違う。私は牛津川だ! 今日からお前のメンターになる、よろしくな」
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