第4話 変化と普遍で不変なもの

「準備はいいか?」


「……よし、これで大丈夫。久々だからちょっと緊張するな」


 少しだけ心臓の鼓動がはやくなっている。人生で初めて下剋上をした時と同じくらいな感じだが、それも含めて戻ってきたんだなという実感が少し湧いてきた。

 今までの外で過ごした一年間は、どんな場面でもこんな緊張はなかった。不思議と口角が上がっていく。


「なんだ? やけに嬉しそうだな」


「そうかな? まあいいよ、お手柔らかにお願いします」


 舌を出し、右手の人差し指で左目の少し下の部分を指で押し下げて、あっかんべー、とからかうように彼女は言うと、そのまま左肩につけていたギアに右手を伸ばした。カチッという起動音と共に、四方に取り付けられた排出口から形状記憶合金液である灰色のメタが溢れ出て、彼女の体を覆っていく。


「お前を倒して、あたしが引導を渡してやるよ。一般人が来ていい場所じゃねえんだ、ここは」


「もともと一般枠で入学して、復学を認められただけだ。それに僕はやることがあってここに来たんだ。負けないよ」


 僕も左肩につけていたギアに触れる。美由紀と同様に僕の全身をメタが覆っていくが、この水よりも冷たいが粘度は水よりも高い液体、例えるならソースが体を伝っていくような感覚があまり好きではない。

 二十秒もかからないうちに指の先まで覆われて、お互いの顔も見えなくなった。彼女は能面のようなマスクと、鍔のない日本刀を模した形状の刀を両手に持ち、佇んでいる。上半身の細いボディラインと、腰からくるぶしのあたりまである袴のような形をした下半身。僕が前に見ていたデザインはもっと違ったが、それでも彼女らしいデザインだと感じられる。


「なんか、ずいぶんデザインが変わったね。そもそも、いつから前線タイプになったの?」


「お前が辞めて少ししてからだよ。ある人にコテンパンにされてな、そこからは中距離タイプはやめた。意外と性に合ってたのか、成績は上々だ。ていうか、お前まだそんな旧式使ってんの?」


 彼女がそう言うのも無理はない。彼女のような特殊なデザインがあるわけではないし、何より武装もかなり違う。こっちは宇宙に行くようなロケットの形をしたバックパックが二つ背面についており、一部変化する機構はあれど、あとは特に武装がない。

 彼女の方は刀が二本だけに見えるが、あれは富野さんも使っていたタイプで、刀を軸にメタで補強して大剣や弓矢などに変化させて戦える万能な最新型だ。


「いいじゃん、まずはどこまでいけるか試させてよ」


 それを合図に戦いは始まった。僕は背面のバックパックを変形させて両手に装着して、排出口を彼女の方へ向ける。ここで出し惜しみをしては負ける。富野さんが使っていた時のことを思い出すと、あのタイプの武装のリストに盾はなかったはず。足のロックも済んで、反動を抑えるのは十分だ。


「いきなりかよ、早漏?」


「だったらなんだよ」


 一瞬の静寂が部屋中を満たした後、轟音と衝撃波が炸裂した。発射時の反動を肘で後ろへ逃しつつ、腹筋に力をこめて両足を軽く曲げて踏ん張る。外で体験したジェットコースターが味気ない理由が分かった。あれよりも何倍も強いGが一瞬で体にかかってくる。意識を持っていかれそうになった。やはり、弱くなっている。

 彼女の方は遠くへ吹き飛んではいるものの、すぐに立ち上がって袴やマスクについた塵を払っている。腕や足、体の動きを見るにそれほどダメージは与えられていないように見える。


「じゃあ、今度はこっちのばん」


 ターン制ではないので、引き続き攻める方向で行動を起こそうとした刹那、本能的に両腕を盾にしてその場に膝をついてしゃがみ込んだ。何が起きたか自分の頭でもわかっていなかったが、考える間も無く体ごと後ろへ吹き飛ばされる。背中に固い壁の間隔がわずかながらに伝わってきた。 

 僕のタイプは、バックパックを変形させて戦う双腕式と呼ばれる火力特化型。基本的に両手や両足などに取り付けて、推力を作り出す機構を利用して、衝撃波を飛ばしたり、推力を生かした蹴りや殴りなどで一気に勝負を決めるのが鉄則だ。これが意味するところといえば、火力にほぼ全てのリソースを割いている。つまるところ、火力以外は平均以下だ。


「あれ、そのタイプってこんなに火力が出るんだ」


「一年もあったらギアだってどんどん良くなるさ。あんただけだよ、そんなもん使ってんの。今のここだったらすぐ大怪我だよ?」


 確かにその通りだ。富野さんが使っていた時にはそう思えなかったが、繰り出される全ての攻撃がここまでの重さなら、これから先も来る攻撃は全て無視できないし、防御に割くメタは無いに等しいので勝てない可能性が高い。

 両手についている武装を見れば、綺麗に凹んでいる。ちょうどこれは彼女の膝より下の太さと同じくらいの幅だ。蹴りだけでこの威力は聞いていないし、こんなもので戦うのは果たしていいのだろうか。


「でも、本当にこれと出会えたのは感謝だわ。おかげで絶好調だし」


「それって昔から強い美由紀が、他も使ってみたらいけたってだけの話じゃ?」


「いや、そんなことはない。だって、あたし今は第八だし」


 僕の知っている彼女の最高番号は第三十で止まっている。正直、ちょっとお遊びも含んだ、同窓会のような気分でこの場にいたが、僕は完全に場違いだったようだ。彼女は本気で鍛錬をして、この場で本気で勝ちに来ている。今も同じか自分でも分からない、きっとあの頃の誰にも負けなかった僕と対面していると思っている。

 何を腑抜けているんだ、しっかりしろ。僕は何をしに来たんだ。奪われたものを全部取り返してさらに奪うために、ここに戻ってきたはずだ。強くなるためにきたはずだ。


「……ごめん美由紀、ちょっと僕だけ腑抜けてた」


「ようやくあの頃のお前が見えた。ほんの少しだけだけどな」

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