第18話

 俺の立っていた位置に槍は突き刺さっていた。

 とっさに後方に飛ばなければ、体を斜めに貫かれていただろう。

  

「今の一撃、よくぞ避けた。さてはすでに⋯⋯見ていた、か」


 槍はひとりでに抜け、ブラーナの傍らを漂う。

 今度はあの崖の上のときのように暗闇ではない。燭台の光に照らされている。槍は疑いなく宙に浮いていた。


 礫の禍物を追いやった、宙を舞う槍。

 警戒はしていた。言う通り事前に「見て」いなければ、対処できなかったかもしれない。


「さあリオノ、君のオラクルを見せてみろ。やらなければ、やられるぞ?」

「よせ。俺はあんたと戦う気は⋯⋯」

「さもなくば、ミーナを見殺しにするか?」


 ブラーナの背後を、槍がゆっくりと動いた。

 その切っ先がミーナの首元に向く。


「やめろ! どうしても俺と戦うって言うならわかった! けどミーナは関係ないだろ! どうして、こんなことをする?」

 

 ブラーナの口元が歪んだ。

 ややあって、低い声で語り始めた。


「⋯⋯実は私にも、姉がいてね。ミーナのような女性とは比べるべくもない愚物だったよ。当然人を見る目もなくね。彼女がパートナーに選んだのが、これがまたひどい男でね。姉が不在の時に、私を襲おうとした。私が抵抗すると、男は私の首を絞めた。そして、首を絞めながら私を犯した。その時の私はまだ幼い少女で、何の力も持たなかった」


 何かを思い出すように、天井を見上げる。


「これは後で知ったのだが、姉はそのことを知っていたらしい。知っていて、男を責めるどころか、私を憎んだ。ちなみにその男は、姉とは別の女に殺されて死んだ。常習犯だったらしい。私がこの手でくびき殺してやろうと思っていたのに」


 槍がブラーナの傍に戻ってきた。

 俺を威嚇するように、角度をつける。


「君にはミーナのような素晴らしい姉がいて、私にはいない。不公平だと思わないか?」

「それは俺の質問の答えになっていない」

「そうかな? 十分なっているだろう? それが気に入らないなら⋯⋯『こんなことを他人に話したのは初めてだ。屈辱だ。ああ、話さなければよかった。口止めに殺すことにしよう』⋯⋯どうだ、これでいいだろう!?」


 ブラーナは言い終わりに長剣を振るってきた。

 俺はまともに取り合わない。大きく後ろに飛び退く。


 しかし着地を狙って、槍が水平に飛んできた。

 ほとんど見えなかった。点がかすかに頬をかすめた⋯⋯かと思いきや、激痛が走った。槍先は俺の左肩をえぐっていた。

 俺は身を捩って、さらに後ろに引く。

 

「殺そうと思えば、今、殺せたのだが⋯⋯出し惜しみをしていて、いいのか?」


 槍はそれ以上は追ってこず、主の元に戻った。

 ブラーナはゆっくり歩いて近づいてくる。


 その時奥の通路から、広間にゆっくりと煙が入り込んできた。

 ものが焦げるような匂いがかすかに鼻をつく。館のどこかから、火の手が上がったらしい。

 

「⋯⋯黒の使徒か? やはりまだ残っていたか」

「ここで俺達が争ってる場合じゃないだろ! 協力して奴らを⋯⋯」

「私を正義の味方か何かと勘違いしていないか? 私は化け物だと言っただろう」

 

 ブラーナはまったく聞く耳を持たない。

 これ以上の問答は時間の無駄だと思った。

 いずれ火の手が回ってくることもそうだが、なによりもミーナの容態が気がかりだった。


「君はずっと丸腰だった。それがどうやって禍物を葬ったのか、君のオラクルに興味がある。それかフェアじゃない、というなら、武器を渡そうか?」


 どのみち剣術はかじる程度にしか使えない。

 技術力量ともに向こうが圧倒的に上。しかも合間を縫って槍が飛んでくる。


 正面からまともにやりあうのは無理だ。

 しかし俺の魔力量も爆発的に上がっていた。自分でも信じられないほどに。


 自己再生に回せば、受けた肩の傷もあっという間に癒えていく。

 これはキアスを⋯⋯いや、礫の禍物を、溶かしたおかげなのか。


「その飛び道具の時点で、フェアもクソもないだろ」

「ふっ⋯⋯。これは、飛び道具ではないよ」

 

 ブラーナが涼しげに笑うと、今度は槍が先に飛んできた。

 空間を横薙ぎにするような一撃。

 

 俺は大きく飛び上がって身をかわす。

 足で半円を描くように滞空しながら、左手で指の輪っかを作る。右手で懐に忍ばせていたキアスの短剣を取り出す。


『アルティメット・スナイプ』は二段構えのスキルだ。


 スナイプ・アイ。

 指の輪っかを覗き、目標にマークを付ける。

 さらに視界を拡大することができる。

 

 スナイプ・スロー。

 マークに向かって、投擲物を飛ばす。

 


 ブラーナは俺が飛ぶのを読んでいた。

 着地地点に先回りして、俺の真下へ潜り込もうとする。


 俺は何もない正面の中空に向かって、力任せに短剣を放った。

 短剣は目の前でがくんと落下した。うねるような軌道を描き、ブラーナの首筋までの最短距離を飛んだ。


 刃は完全にブラーナの死角を捉えた。

 彼女の斜め後方、首筋に突き刺さるかと思えたその寸前。

 

 短剣は、見えない何かに叩き落とされた。

 いや、突き刺さっている。刺さったまま、宙に浮いている。


 ブラーナは俺の着地を見逃していた。

 剣を下ろして、自分の背中を⋯⋯宙に浮いた短剣を見つめていた。


「これは不可思議な⋯⋯だが、まさかそれが君のオラクルか?」


 そして失望したように吐き捨てた。

  

「改めて君の質問に答えよう。私はいずれ半エリートとして始末される。殺される相手ぐらい、自分で選びたいと思った。だがその程度のオラクルでは私のことは殺せない。どうやら君は英雄にはなれないようだ」

 

 付近を浮遊していた槍が半分に折れた。柄と矛先が床に落ちる。

 

「本当に残念だよ。君になら、殺されてもいいと思ったのに」


 槍を折ったのは、大きな握り拳だった。

 何もなかった虚空に、突如として姿を現した。

 

「この腕は隠していると、あまり力が入らないのでね」


 巨大な二の腕がブラーナの背中から生えていた。

 太くたくましく、ところどころ血管が隆起している。それはとても女性のものとは思えない。荒くれ者の腕のようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る