第3話 希望の光

「あっ!いた。夏野さん!!」

突然後ろから声をかけられて驚き、びくりと体を震わす。

「あ…は、い…?なんでしょう…」

ぎこちなく返事をしながら恐る恐る振り向くと、そこにはお手本のような無表情の男子生徒がいた。

「ちょっと話したいことがあって。」

「…え…?」

何々?というか誰?見たことあるような気もするけど…。ところで私何かしたっけ…?話って…?

困惑しながらも、私はなんとかこくりと頷いた。

放課後の、誰もいなくなった二年三組の教室。2人だけでいると、不思議といつもよりいささか広く感じられる。

「話というのはね」

相変わらずの無表情で、男子生徒は話を始めた。

「昨日夏野さんが廊下で笑っていたことについてなんだけど…」

それを聞いて、どこかで見たことがあると思ったら、昨日笑いながらすれ違ったあの男子か、と勝手に納得した。

「え…?あ、ごめんなさい…迷惑でしたよね…ごめんなさい…」

あの大声は迷惑だったという話がしたいのだろうか。とにかく申し訳ない。謝っておこう。

「いや、そうじゃなくて…。いじめられてるんじゃないかなって思って…」

…予想外の答えが返ってきた。どうしよう。

答えられないまま間抜けヅラを晒してぽかーんとしていると、

「こんな聞き方でいいわけがなかったよな。ごめん。」

すごく無表情で謝られた。まるで口だけが動く人形のようだ。短く切られた前髪一本すら動かない。どこ見てるの?その目…。全てを見通すような目をしている。いじめのことを知っているのも、全てこの目で見通されていたからだろうか?

「いじめじゃなくても、何か辛いことがあったんじゃない?聞かせてくれないかな。」

隠そうとしても無駄だと、感情の読めない黒い目が言っているような気がした。

「…え、と…その…いじめ、られてる…んです。」

小さな声で呟くようにして言った。相変わらず人とはうまく話せない。だから友達がいないのだ。詰まってばかりで、ぼそぼそとしたこんな声、ちゃんと聞き取ってくれただろうか。

しかし、彼はしっかり聞き取ってくれたらしく、開口一番

「なるほど。俺の読みは当たってたわけだ。」

と言い放った。

やはり読まれていたらしい。恐ろしい人だ…。

「えっ…なん…で、わかっ…たの…?」

「だって友達いなさそうだし。こういう人が学校生活で悩むことって大体いじめとかでしょ」

「あ…そ…うですか…」

なんと友達がいないことまで見通されていた。

私は少し恥ずかしくなって頰を赤らめる。

「…ところで、誰にいじめられてるの?」

「…!」

この質問には答えるのに少し躊躇った。

これを言ってしまったら、もっといじめが激しくなるのではないだろうか?


「ちくりやがって!」

「このドブス!」


罵詈雑言を吐くあいつらの姿が目に浮かぶ。

想像するだけで恐ろしい。

「ごめん、なさい…言えない…です…」

「う〜ん。そっか。まあ、いきなり声かけてきた人に話せることじゃないよな。ごめん。」

またしても無表情で謝っている。よくわからない人だ…。

「今日は付き合わせてごめんよ。これも生徒会の仕事だからさあ」

椅子を直して、立ち上がりながら彼が言った。

「生徒会…?」

「うん。ああ、まだ名前言ってなかったや…。俺、猫井。よろしく。」

「猫井さん…あ!」

思い出した。確か、2年生の学年代表だったはず…。一学期の生徒会選挙の時にちらりと見かけた。珍しい苗字だからなんとなく覚えていたのだ。

「ん?どした?」

「いやっ…な…んでもない…です。」

「そう。…ところで、また話聞いてもいいかな?夏野さん。」

「…えっと…はい…」

「そっか。ありがとう。」

「あの…今回話したことって、先生に言ったりするんですか…?」

私はずっと気になっていたことを口にした。もし、先生に言うのならば、あいつらにチクったことがバレてしまう可能性がある。

「いや、言わないよ。」

「…え?」

「先生の力を借りなくても解決する方法はあるからね。」

「そう…なの?」

「うん。それに、下手に先生に伝えて、いじめが悪化したら怖いだろ?」

まさに私が思っていたことだ。また見通されているのだろうか。

「そう…ですね」

「じゃあ、夏野さんが一番傷つかない方法で助けるから。また話そう。」

相変わらず無表情だけど、言葉には暖かさがこもっていた。顔が全く変わらないのが少し不気味だけど、きっといい人なんだろう。

『また話そう。』

友達も恋人も、きょうだいもいない私は、この一言に少しドキドキした。今までは話す約束をする人なんて全くいなかったから。


今まで、いじめは終わることはないと思っていた。きっと中学を卒業するまでずっと続くのだと絶望して、毎日枕を濡らす日々を過ごしていた。

しかし、やっと今、光が、希望が見えてきた。

猫井くんも出ていって、1人だけになった教室に、窓から夕陽がさしていた。

今は何もかもが美しく見える。

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