第13話 祭りの鐘

 早川を渡った指揮所には、四の臣様がおられるという。二人はご挨拶にうかがった。

 四の臣様は食料天幕を張っておられた。


「早かったな。第五隊より先に着いたか」

 楽し気に笑って、マキトたちに食事を勧めた。


「広重殿に伝言があるが、それは下見の……先行隊の方で聞いてくれ」


 案内せよ、と呼ばれた選士は、従士アレトと言った。


「伝言……?」

「下見……?」


 顔を見合わせるマキトたちに、アレトは軽く会釈して、炊飯している天幕に案内してくれた。


「私もまだなのだ。相伴しよう」

 マキトたちに笑って、それから天幕に入りながら大声で注文した。


「三人前、谷丘の里の従士様だ。うまいものを頼む」


 天幕の中で、かまどに鍋をかけているのは選士だった。

 干魚を焼いているのも選士だった。

 マキトたちがよほど怪訝な顔をしていたのだろう、アレトは笑って得意げに言った。


「ああ、ここまで来ているのはすべて選士だ。工士が四人来ているが、あとは従士ばかりだ。他に能がないから炊き出し係をやっている。

 まあ、食べていってくれ。今日は乾物ではない、甲穀だ」


 穀と汁をお椀に装う手つきは、堂々としている。

 有難くマキトたちはご馳走になった。

 イワトは、門士は何でもやるのだと言ったが、従士も、それこそ何でもやる。


「従士ばかりだとはな、追いつけなかったはずだ。それに白……あんなに大勢の白たちを見たのは初めてだ、どうなっているのだ」


「我らもわけわからん内にこうなっていたのだ」

 肩をすくめて笑って、それから少し声をひそめて、アレトは言った。


「折宮様が出ておられる」


「……」

「大君様の御使者に立たれたようだ。とにかく折宮様が、白の大隊を率いて真っ先に飛び出されたそうだ。あとはその場におられた、一、二、三、四、の臣様が、必死で折宮様を追われて……」


「橋は? 吊り橋は?」

「ああ、折宮様が『仮橋を架ける』と先行されていると……そうだな、出発して二日目に聞いたかな。

 大急ぎで荷を積み、用意のできた馬車から順次出発したんだ。説明を聞いてる暇はない。早川に着いたときは本当に驚いた。

 折宮様は、もう向こう岸に綱を渡しておられた」


「折宮様が先行しておられるのか……」


 折宮様は御年十九才、継君(つぐきみ)と噂されている。

 大君様の信頼も厚く、十五歳の成人の議を済ませてからは、神都の外の公式、非公式問わず、行事には大君様に代わって出ておられる。

 大君様の新たな事業には、必ず大任として立っておられる。活発な男神であらせられる。


「ご馳走様、世話になった」


 マキトたちは慌てて席を立ったが、アレトは大げさに両手を上げて、落ち着けと言った。


「焦るな、折宮様は一度戻ってこられる。大君様からお祝いの品を託されておられるのだ」


 屋根馬車でお祝いの品を選んでいるのだと、アレトは説明した。

 屋根馬車を分解して吊り橋を渡したこと、こちらでまた組み立てなおしていること、そしてこの間も、折宮様は待たずに道の整備に出られたが、もう戻ってこられると。

 見せてもらった屋根馬車は、もう組み立て完了しており、お品を積み込んでいた。


 屋根車は牛用、馬用とあるが、どちらも屋敷に模してあり、屋根車の名がある。貴人用である。都でもあまり見かけない。

 マキトたちは、納めてあるのを見たことがあるだけだ。


「こんなところに屋根車が……」


 アレトが引くと、屋根馬車は軋みもせずに軽やかに動き出した。


「さあ、折宮様と合流しよう」




 折宮様は白と一緒になって、山なたを振るっておられた。獣道は馬車が通れる道に変わっている。

 屋根馬車をご覧になると折宮様は山なたを納め、手を打って喜ばれた。

 周りの白は山なたを下ろし、地面に屈みこんでいた白は立ち上がり、折宮様に嬉しそうに微笑み、続けて手を打ち合わせた。

 マキトもミギトも、思わず手を打ち合わせていた。

 マキトたちに頷き、折宮様は言われた。


「広重に伝えよ。すぐに行く」

「はい」


 いつの間にかマキトたちは先触れ役を仰せつかっていた。

 小道を抜け、里道に入ると全力で馬を走らせた。

 谷丘の里だ。


 ――代行様、代行様、代行様……。


 村に着くと、ただならぬ勢いに里人は驚き、従士モラトと範士が出てきた。

 代行様もすぐ来られた。

 何か事故があったのか、と案じる様子で。


「白湯を」


 代行様が近くの者に命じるも、マキトたちは焦った。報告せねばならないことは、山ほどある。


 ――何を報告する。どう報告する。


 しかし、そんな時間はない。


「大君様にお知らせいたしました」


 大君様はどんなにお喜びになられたか、御簾を出られ、御台を……いや、そんなことを話している暇はない。


「大丈夫か」


 モラトはマキトの額に手を当て、薬士はすぐに来ると言った。

 そうだ、二月三日に谷丘の里を立って、今日はまだ十二日。

 往復したと、だれが思おう。自分自身、信じられないでいるのに。


「二月九日、神宮を立ち、神宮の門士イワトの案内で東の街道を四日で……。代行様、この目で見ねば信じられませんが、本当です。

 折宮様が東の街道を切り開いて、早川に吊り橋を架けました。折宮様はすでに川を渡り、里道に入る所まで来ておられます」


「…………」


 皆が硬直する中、マキトは一気に報告した。


「折宮様は大君様の御使者に立たれたようで、大君様の御祝いの品を託されておられるそうです。屋根馬車を仕立てて……」


「待て」


 代行は片手を上げてマキトを止めた。代行が報告を途中で遮ることは、めったにない。


「折宮様が御使者に立たれた『ようで』とか、『そうで』……というのは、何だ」


 マキトたちの頭の中で、いろんなことが渦を巻いた。街道、宿、それから吊り橋、そして折宮様……。急展開する状況を、理解できているわけではない。

 先ほどの従士アレトではないが、『わけわからん内にこうなっていたのだ』というのが、一番近い心情だと思った。

 順序だった報告より、まずは先触れのお役を果たさねばと、素早く切り替えた。


「代行様、折宮様は『すぐに行く』と仰せです。『広重に伝えよ』と、ただそれだけ仰せつかりました」

「フム……」


 代行はしばらくしてあっさり頷き、ふんわり口唇に微笑を浮かべた。


 ――大君様が『遠い東の里の御子、一目会いたい』と言われる。折宮様が『宮が代わりに行こう』と飛び出される。


 目に見えるようだと、広重は思った。


「わかった。とてつもない奇跡が起きているのだな。わけは後で。今はとにかく、折宮様をお迎えする準備を整えよう。有難いことだ。社鐘は祭りをつけ。そして里人には、宮様が来られることを知らせよ」


「代行様、貴い方を迎える鐘は、私がつきましょうか」


 範士は緊急、日常、祭礼の鐘をつき分ける。


「いや、里人は誰も知らん。混乱するだけだ、祭りの鐘の方が良い」



 やがて鐘の音が聞こえ始め、門は掃き清められた。

 里人は何の祭りかわからないが、今は神子様がおられる。何の吉事だろうと、社に集まってきた。


 祭りの鐘が鳴る。

 

 そう、吉事であることは間違いないのだ。

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