第三話 レジデンス こうふく

 結局、私は大善に着いて行くことにした。


 同性とは言え、今日会ったばかりの人間、それもとびきり胡散臭い人間の車に、のこのこと乗り込むのがマズいことくらいはわかっている。 

 それでも別にいいかと思うくらいには、私は自棄だった。


 社用車だという白いワゴン車を運転しながら、相変わらず楽しそうな大善は饒舌に喋り続ける。カーステレオからはかすれた音で、トランペットが奏でる古臭い音楽が流れていた。

 

 何だったかとしばし考えて、思いだす。聖者の行進だ。確か、アメリカ民謡の。小学生の頃、リコーダーの授業で習った気がする。


「いやぁ、ほんまに良かったわ。なかなかおらんのですよ、条件に当てはまる人って」

「……はぁ」

「男はダメ。ババアもダメ。若い女のコで、住み込みで働ける真面目な子なんて、普通なかなかおらんでしょ? それを探せなんて、ハードル高いと思いません?」


 大善の声をぼんやりと聞きながら、私は膝の上に視線を落とす。

 

 この袋の中に、両親の骨壺――遺骨が入っていることを、大善は見抜いてみせた。それが一体、どういう理屈によるものなのか、私は聞けずにいた。

 

 幽霊だの何だのを、生まれてこのかた信じたことはない。それはここで物言わぬ骨になった両親たちもそうであるはずで、だからどんな答えが返ってきたとしてきっと、受け入れられないと思うのだ。

 

 なら、聞くだけ無駄だ。

 

「……なんで、女性限定なんですか?」


 だから、代わりに別のことを聞いてみる。

 大善はぴたりと口を閉じる。一瞬の間の後でぽつりと言った。


「オキクさんが嫌がるから」

「……え?」


 大善の声に、それまでとまるで違う、氷片のような冷たさを感じ、私は横を見た。

 運転席の彼女は初めて見る表情をしていた。全ての感情が抜け落ちたかのような――

 

 私の視線に気づいたのか、彼女はすぐに、思い出したかのように口元を緩めた。


「――ああ、見えてきましたよ」


 指し示された方に、視線を戻す。いつの間にか周りは開けていて、何もない土地の奥に、ぽつりと四角い建物が建っていた。

 車内のスピーカーからは、掠れた男の歌唱が、英語で流れていた。

 

「あれが『レジデンス こうふく』です」


 *


 そのマンションは、意外にこぢんまりとしていた。白い外壁を見るにそれなりの築年数を経ているようだが、メンテナンスはされているようで荒れた印象はない。

 

 四階建てで、各フロアの部屋数は、四つずつ。そこはかとなく古臭いエントランスには、蛍光灯の黄色い光を浴びて十六のポストが備え付けられている。


 ――住み込みの管理人が必要には、とても見えない。


 入り口横に掲げられた看板「レジデンス こうふく」を、私はぼんやりと眺める。


「間取りは全部2LDKで、単身世帯ばっかりです。今は住人は……三、四人? やったかな。正式に決まったら紹介しますから」

「……少ないですね」

「まぁ、入ったり出たりですよ。賃貸ってそんなもんちゃいます?」


 そうなんだろうか。そういう一般常識的なことには、疎い。


「……あれ」

 

ふと、薄暗い掲示板に、ひとつだけ貼りつけられた紙に目が止まった。


 あどけない少女の写真が印刷されている。小学生だろうか。その上には、赤で「返してください」の字。

 その下に、手書きで何やら書かれて――


 目を細めて乱れた字を読み取ろうとしたとき、白い手が素早く伸び、貼り紙を壁から破り取った。

 

「……あ」


 大善の手だった。彼女は貼り紙をぐしゃぐしゃに丸めてしまうと、ポスト横のゴミ箱に放り投げる。


「……今の」

「何でもないですよぅ。いたずらです。い、た、ず、ら。ここオートロックついてないですから。、……あ、住み込み用の部屋、見たいでしょ。案内しますね」


 有無を言わせない笑顔のまま、大善は踵を返した。 

  

 *


 管理人室はマンションの裏手に建てられた一戸建てだった。こちらも年季を感じる二階建てで、年配の世帯が住んでいそうな。

 普通の一戸建てと違うのは一点、白地に黒のゴシック体で書かれた「レジデンスこうふく管理事務所」という素っ気ない看板だけだ。

 

 てっきりマンションの一室だと思っていた私は、やや戸惑いながら大善に尋ねる。


「ここが……管理人室?」

「はい。住みやすそうでしょ? 開けますね」


 玄関扉が音もなく開くと、埃っぽさと共に他人の家の香りがした。

 

 靴を脱ぎ、勧められたスリッパに足を入れる。廊下奥にある曇りガラス窓がはめられた扉を開けると、そこにはリビングと思われる部屋が広がっていた。

 ソファとテレビ。奥につながった台所には、冷蔵庫。

 これだけなら何の変哲もない、他人の家だ。

 

 部屋の中央にあるものを除けば。


「家具はそのまま使ってもろてもいいですけど、ご自宅から持ってくるならこっちで処分します」


 大善はスタスタと部屋の中に入ると、グリーンのカーテンを勢いよく開いた。オレンジ色の西日が部屋の中を照らす。


 彼女の腰のあたりの高さの、灰色の石組み。

 歪な円形に置かれた上には木蓋が乗っている。

 部屋の中にあるものとしては、あまりにも異質だ。


「――ああ」


 大善は私の視線の先を見て、微笑んだ。

 

 視線の先には、部屋の中央には――井戸があった。


「オキクさんていうのはね、これのことです」

   

 私が抱えたエコバッグの中で、かさりと乾いた音がした、気がした。

 気の所為だ。きっと。

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