第7話  仲間探し

 

 遠くで声がする。意識がぼんやりと浮かび、重いまぶたをゆっくりと開いた。



「……カテンさん!」



 視界に入ったのは、焦りと不安を滲ませたラフィーナの顔だった。



「……ラフィーナ?」



 体を起こそうとするが、筋肉が鉛のように重い。それでも、まず彼女の無事を確認しようとする。



「怪我は……ないか?」  



「私は大丈夫です。でも、カテンさんが突然倒れたんですよ!私、どうしていいかわからなくて……」



 彼女の言葉で、自分が気絶していたことを理解した。



「俺、どれくらい気を失ってた?」



「三分くらいです……ほんの少しでしたけど……すごく、心配しました」



 ラフィーナはホッとしたように息を吐くが、その目にはまだ不安が残っている。



「……悪かったな、心配かけて」



「本当ですよ、もう……」



 ラフィーナは少し呆れたように笑ったが、安心したのかその表情は柔らかかった。



「でも、カテンさん……あの薬、何だったんですか? あれを飲んでから、まるで別人みたいで……」



 その問いに、俺は少し考えた後、言葉を選びながら答える。



「以前、レベルが上がったと話したのを覚えているか?」



「はい」



「あの時、【鑑定】も強化されたんだ。それで素材アイテムにスキルを使って確認したら、今まで知らなかった効果が表示されるようになってな……」



「まさか……あの薬も?」



「ああ。クロガネを加工して作ったものだ」



「えっ……!? でもクロガネって、ただの鉱石ですよね?」



 当然の反応だ。誰もそんな使い方ができるとは思わない。



「俺も初めて知った時は驚いたよ。クロガネも加工次第で強化薬として作用する。それを試してみたら、ああなった」



「……信じられません。でも、カテンさんがあれほど強くなったのは事実……」



 ラフィーナは複雑そうな表情を浮かべながら、言葉を継ぐ。



「こんなに強いなら、三階層までっていう制限はもう必要なさそうですね……」



「実は……思ったより順調に進んでしまって、もう九階層まで行っている」



「…………は?」



 一瞬、ラフィーナの思考が止まったのが分かった。目を瞬かせ、信じられないものを見るような表情になる。



「……カテンさん、今、なんて……?」



「九階層まで行きました」



「……」



 ラフィーナの顔が、みるみる青ざめていく。



「な、何を勝手にそんな深くまで行ってるんですか!!」



「悪かった。だが、作ったアイテムを試してたら思った以上に戦えたんだ。それに、材料費のせいで家賃代が……」



「……っ!!」



 ラフィーナは言葉を詰まらせた。しばらく唇を噛んでいたが、やがて大きく息を吐き——



「もう……本当に勝手なんだから……」



 呆れたように肩を落とした。しかし、怒りはまだ完全には消えていない。



「でも……あれだけ強かったなら、九階層まで行けたのも納得です」



 彼女はそう言って、少しだけ微笑む。



「カテンさん、もしかして……ボスに挑もうとしてませんよね?」



「考えてる」



「っ!? 考えてるじゃないですよ!! ボスはまだダメです!!」



「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ。俺もこのまま行けるとは思ってないって」



「落ち着いてられません!私はカテンさんのアドバイザーなんです!担当の冒険者が危険なことをしないようにするのが私の仕事なんです!」



「仲間を探そうと思ってる」



「……カテンさんが、仲間を……?」



「アイテムは強い、だけどデメリットもある。今みたいに強化薬は使用後身動き取れなくなるし、他にも閃光弾や痺れ薬、幻惑剤も強力だが、どれも使い勝手が悪い。隙ができるんだ」



「だから、俺をサポートしてくれる仲間がいれば——」



「……でも、新しくパーティを組むのって、難しいですよね」



「この歳で新しく組むのは、そう簡単じゃない。行き遅れたおっさんを仲間に入れたがる奴なんて、そうそういないだろうしな」



「……カテンさん、そんなふうに自分を卑下しないでください」



「事実だろ?」



「それは……でも、私も探してみます。カテンさんのために」



「助かる」



「無茶されるのは困りますからね」



 冗談めかした言葉を交わし、ラフィーナをギルドまで送り俺たちはその場で別れた。



 そして、翌朝——俺は仲間を探すためギルドへと向かう。



「……本当に悪い。これ以上お前を連れてダンジョンには潜れない」



 ギルドの扉を開けた瞬間、沈んだ声が耳に入った。



 カウンターの前で、パーティーの一団が静かに話し合っていた。険悪な雰囲気ではない。しかし、まとわりつく空気は重い。



「でも……私は、まだ……」



 少女がしぼり出すように言葉を漏らす。



 俺は何気なく視線を向けると、黒い毛並みの猫耳。左右で色の違うオッドアイの少女だった。



 リーダー格の青年が、申し訳なさそうに眉を寄せる。

 


「なあ、わかってくれ。お前が悪いわけじゃない。でも、俺たちもギリギリで戦ってるんだ」



「でも……前の戦闘では、ちゃんと……」



「ああ、わかってる。あの時は助かったよ。本当に感謝してる」



 そう言って、彼は困ったように微笑む。



「けど、やっぱり戦闘中に守らなきゃいけない奴がいるっていうのは……俺たちには負担が大きすぎるんだ。頼む、わかってくれ」



 他のメンバーも辛そうに視線を落としていた。誰も責めているわけではない。ただ、どうしようもない現実がそこにあるだけだった。



 少女はぎゅっと拳を握りしめ、唇を噛む。



「……わかりました。ごめんなさい」



 彼女がそう言うと他のメンバーは席を立ち彼女を置いてギルドをあとにした。



 その姿を見た瞬間、俺の胸に何かがざらついた。



 居場所を失い、必要とされず、ただ立ち尽くすことしかできなかったあの頃の自分。



——昔の俺と同じだな。



 気がつくと、俺は彼女の座るテーブルへと足を運んでいた——。

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