第14話 - ブラッドベリーの逸話
「りり、リキュアさん! 何食べてるんですか!?」
「何って普通の——」
「それは普通なんかじゃ無いですよ! ブラッドベリーじゃないですか!」
ビシィッと指さし、リキュアに詰め寄ってくる。
「リキュアさん、呪われますよ!? いいんですか!?」
「いや呪われはしないだろ……」
「いーや、されます! エクシールは村にいた頃からブラッドベリーの逸話を聞かされてきたのでよく知ってます!」
暗赤色の木の実、ブラッドベリーにはある逸話がある。
ある国の騎士が敵国との戦争で敗れ、川辺にて処刑された。川辺は騎士の血の色で染まり、流れる小川は赤くなった。それから数年後、騎士の遺体があった場所には血の色をした木の実がなっていた。これは騎士が処刑された憎しみと恨みの怨嗟が混ざったものであり、食べると騎士の呪いにかかる。と、人々の間で語り継がれてきた。
ブラッドベリーはネクタト王国領の森や川辺でよく見かける。木の実の中で成長速度が非常に早く、僅か一月で実がなる。森や川辺に生息する動物の食糧として重宝されている。
ネクタト王国領内でブラッドベリーの逸話は広まっており、見た目の暗赤色も相まって好んで口にする者はいない。一部の王国民からは「血の味がするかもしれない」と決めつけられ、敬遠されてしまっている。実際には血の味なんかしないのだが。
「所詮、逸話だし御伽噺だ。呪われるもんか」
「でも——」
「現に俺は依頼で出かける際によく摘んで食べてるぞ。俺が逸話や御伽噺に出てくる騎士に呪われてるように見えるか?」
「み、見えません……」
「だろ? エクシールが信じすぎているだけさ」
「ううぅ……」
論破され、反論が出来ないエクシール。
聖職者のカレドニアなら自分の味方になってくれるかもしれないと思い立ち、子供たちと戯れて遊んでいるカレドニアの腕を引っ張って連れてくる。
子供たちも急にカレドニアがエクシールに連れて行かれ、不思議そうにただ見つめた。
「え、エクシール様? どうかされました?」
「シスターカレドニア! 聞いて下さいよ。リキュアさんがさっきブラッドベリーを食べてしまったんですよ!」
「ブラッドベリーを……ですか?」
カレドニアはリキュアを訝しむように見る。
「そこになってたからな」
そう言いながらブラッドベリーを枝から一つ話してカレドニアに見せる。
リキュアを見ていたカレドニアの視線は、リキュアの手にあるブラッドベリーに移った。
そして——
「あら、いい頃合いのブラッドベリーですね。丁度食べ頃でしょうか」
「…………え?」
エクシールの耳を疑う発言をした。生えている耳がぴくぴくと小さく揺れ、自分の聞き間違いじゃないかと頭がこんがらがる。
リキュアの手からブラッドベリーを摘まんで形をよく見るカレドニア。エクシールは目が点になりながらもカレドニアに聞いた。
「し、シスターカレドニア? えっと……今何て言いました?」
「食べ頃なブラッドベリーですねと言いました」
「たた、食べたことあるんですか!?」
「ええ」
「…………」
エクシールの脳内がショートし、頭痛が起こって上手く立てなくなる。
倒れるまでには至らなかったものの、地面に座り、この世の終わりみたいな絶望的な表情で青空を流れる雲を見つめた。耳は倒れ、尻尾も活力が無い。
「あくまでブラッドベリーのお話は逸話ですから。聖職者になってまだ月日は浅いかもしれませんが、教会でブラッドベリーを食べて呪われた人のお話は聞きませんよ。聖堂にいる私の友人も同様のことを言っています」
「え、ええ……」
「さっきも言ったけどよ、要はお前が逸話を過剰信仰しすぎてるんだ。騙されたと思って食べてみな」
リキュアは呆然として口が開けっ放しになっているエクシールに、ブラッドベリーを一粒枝から離して入れ込んだ。
「あぐっ!」
急に口の中に入ってきた感覚により、エクシールはブラッドベリーを歯で噛み潰す。
エクシールの口の中でブラッドベリーの果汁が溢れ出し、舌がその甘さに感銘を受ける。
「あ、あまぁ……」
初めての甘さにうっとりとし、数秒間、それがブラッドベリーであることを忘れる。
そして正気に戻ると、耳と尻尾が逆立った。
「——って! 何で食べさせるんですか!? エクシール呪われるじゃないですか! 嫌ですよ、まだエクシール生きていたいですよ!」
「大丈夫だって、呪われないからさ。被検体が目の前にいる訳だし」
「もし呪われた場合はいつでもお越し下さい。解呪の方法は主から学んでいますので」
「うう……そ、その時になったらお願いします……」
カレドニアにぺこりと頭を下げ、上がると同時にリキュアを睨みつける。まるで噛みつかれそうな気迫に、リキュアはこれ以上エクシールをからかわないようにしようと決めた。
「わ、悪かったって。信仰は人それぞれだから、俺もこれ以上エクシールに無理強いはしないさ」
「……ほんとですか……?」
「本当だって」
「…………」
エクシールの視線の鋭さが少し弱まったように感じる。暫くの間は店でも口を利いてくれなさそうだ。
「シスターカレドニア、ブラッドベリーどうする? この付近かなりなってるっぽいぞ」
「そのようですね」
リキュアの傍以外にも、小川に沿うようにブラッドベリーの小木が連なっている。実の大きさや暗赤色の色合いから推測するに、ほぼ全て食べ頃だろう。エクシールだけは「何でこんなになっているんですか……?」と言いたげに顔をしかめていた。
「収穫しましょうか」
「ええっ!?」
カレドニアの提案にエクシールは飛び上がったように後退した。
「し、収穫しちゃうんですか……?」
「はい。こんなにも実がなっているのであれば、ジャムにでもしようかなと思っています」
「ジャム? ねぇ、シスター、ジャムって言った?」
食べ物の話は子供たちにとっては興味がそそられるもの。地獄耳の要領でジャムの単語を聞き分け、カレドニアにわらわらと集まってくる。
「言いましたよ。ほら、こんなにもブラッドベリーがなっているんです」
「わー! すっごい!」
「いっぱいある!」
「これ甘くて俺好きなんだよなぁ」
「…………」
エクシールは何も言わなかった。子供たちまでブラッドベリーを食していたことに。
リキュアと同様に子供たちも騎士の呪いにかかっているようには見えない。カレドニアはブラッドベリーの逸話を子供たちに語ったことはあるのだろうかと疑い始める。
「エクシール様、一つだけ弁解させて頂きますと、子供たちにもブラッドベリーの逸話は言い聞かせてあります。ただ、この子たちはその逸話を一切信じていないようでして……」
「あ、ああ……そうなんですね……」
逸話を信じる信じないはその人の勝手である。エクシールは逸話を信じているし、子供たちは信じていない。リキュアも言っていたが、強要することは出来ないのだ。
純粋無垢な子供たちには逸話の話は絵物語や御伽噺のような存在なのだろう。
「シスター、とっていいの?」
「ええ。採りましょう。ただし一粒一粒、感謝を込めて採るのですよ」
「「「はーい!」」」
子供たちはブラッドベリーがなっている小木に別れて「ありがとうございます」と言いながら実を採取する。カレドニアが「採った実はここに入れて下さい」と活躍機会を失っていたバスケットにブラッドベリーを入れるよう指示する。
子供たちはブラッドベリーを四粒五粒くらい採取すると、カレドニアのバスケットに入れていく。リキュアも少しだけ手伝おうと思い、子供たちに協力した。エクシールだけは顔を引きつらせて様子を見ていた。
バスケットに半分くらいブラッドベリーが埋まる。その中にはリキュアが「ジャムを作るならこれも要るだろう」と気を利かせて採取した甘露草もあった。
「みんな、今採っている分で最後にしましょう!」
「「「はーい!」」」
解毒草を採取し終わった時みたいに「もう少し採りたい」という気持ちを表に出すこと無く、素直にカレドニアの指示に従う子供たち。
カレドニアの指示だから従っているのか、リキュアの教えを学んだからかは定かでは無い。
リキュアも手に持っているブラッドベリーをカシスに渡し、ぐっと背中を伸ばす。
「ではみんな、王都に帰りましょうか」
「「「はーい!」」」
元気よく子供たちは返事をし、リキュアを先頭にして王都へ帰っていく。
途中、バスケットの中のブラッドベリーを摘まみ食いした子供をカレドニアは説教していた。エクシールは苦笑いを浮かべつつ、仏頂面で説教の様子を見ていた。
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