肌が触れないと理性が吹っ飛ぶので、暗殺者と魔女は強制百合同伴旅をする羽目になりました!?

かげ

プロローグ

 湖畔にて、二人の女性が並んで座っていた。

 セリカ・ヴェルトリウス、そしてリゼット・ノクスは指を絡ませ、手をしっかりとつないでいた。


 森の奥。

 木々の隙間から陽光がこぼれ、水面にやさしく投影される。小鳥のさえずりとそよ風に揺れる木の葉の音が心地よく響く、のどかな空間だった。


 しかし、二人の間には張り詰めた雰囲気が漂っていた。


 恋人同士のように肌と肌を寄せ合い、互いのぬくもりを感じ合う。

 そんな風に見えなくもないが、二人の表情には一切の甘さがなかった。セリカは苛立ちを隠そうともせず眉間にしわを寄せていた。リゼットもまた、涼しい顔をしながらも、どこか面倒くさそうな表情を浮かべている。


「ねぇ。もうこんなもんでいいんじゃない?」


 セリカがぶっきらぼうに言うと、リゼットはわずかに首を傾げて指を動かす。

 絡めた指先がわずかに擦れていく。


「強情ねぇ……まぁ、いいけど?」


 リゼットは薄く笑い、つないだ指をするりと解こうとする。

 だが、セリカがすんでのところで手を握り直した。


「……待った。もう少しだけ……」


 しぶしぶ言うと、リゼットが楽しげに目を細める。


「素直でよろしい。ほら、最初からそうしていればいいのよ」

「うるさいなぁ……」


 セリカは顔をしかめながら、わずかに指に力をこめた。

 ただ手をつないでいるだけのはずなのに、どうにも精神的な負担が大きい。

 何より気に入らないのは、こんな状況に陥ったのが誰でもない、リゼットのせいだからだ。


 もともと、セリカはこの女を暗殺するはずだったのに。

 なぜ、自分が暗殺対象と手をつなぐことで"理性を失わない"ようにしなければならないのか。

 こんな屈辱的な状況があるだろうか。


 湖面に映る自分の顔は険しく、ひどく不機嫌だった。

 対するリゼットはといえば、すっかり慣れた様子で、相変わらず飄々としている。

 セリカの苛立ちをよそに、リゼットは風に戯れるウェーブがかった黒髪をかき上げながら言った。


「でも、本当にもう少しだけで大丈夫かしら?」

「……なによ」

「いざって言うときに、"あの"火照りがくるとまずいんじゃない?」


 その言葉に、セリカの眉がピクリと跳ねる。


「……随分余裕なのね?」

「あなたよりはね」

「ちっ……」

「まぁ、強がりたいならご自由に?」


 リゼットはくすくすと笑いながら、指を離そうとする。

 すると、セリカが再び手を握った。


「……あら?」


 セリカは視線をそらしたまま、しばらく無言のままでいた。


「……もう少しだけ、握らせろ」


 再び呟くと、リゼットは微笑んで、静かに手を握り返す。


「その方がいいわよ。お互いにね」


 湖の水面が静かに揺れる。

 鳥のさえずりが、森の奥へと消えていった。

 二人の旅は、まだ始まったばかり。


 そのきっかけは、2週間前に遡る。

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