第12話:苦戦
三度目の狙撃だった。
悠斗は歯を食いしばり、慎重に狙いを定めた。深く息を吸い、釘を一本握りしめる。すでに二度、標的を外している。三度目の狙撃が失敗すれば、次の手を考えなければならない。指先の汗が冷たく張り付くのを感じながら、彼は狙いを定め、息を止めて放った。釘は標的に向かい一直線に飛ぶ──。
放たれた釘は一直線に標的へと向かう。しかし、その瞬間、空間が揺らぎ──まるで光が歪み、幻影を作り出すように釘の軌道が微妙に逸れていく。悠斗の目には確かに命中するはずだった。だが、次の瞬間、釘は目標から外れ、背後の壁に突き刺さった。鋭い金属音が響き、釘はわずかに振動しながら壁に埋まった。悠斗は狙撃の精度を上げても無駄だと悟る。
(やはりだめか……!)
喉が渇き、冷や汗が背中を伝う。二度の失敗に続く三度目の狙撃も、結果は同じだった。悠斗は拳を握りしめ、悔しさを噛み締める。蜃気楼の影響は理解している。だが、どれほど狙いを修正しても釘は標的に届かず、まるで陽炎が未来を読んでいるかのように回避される。このままでは狙撃では突破できない、と悠斗は確信した。
「はは、やっぱりな。お前の攻撃は通じない。もう終わりか?」
悠斗の攻撃が止むと、陽炎は悠斗との距離を測るように視線を動かし、ゆっくりと姿勢を正した。彼はゆっくりと歩を進めながら、工場の奥へと悠斗を追い詰めるように動く。彼はわざと肩をすくめて見せ、飄々とした笑みを浮かべながら言葉を投げかける。
「お前がどう足掻こうが、俺には届かないんだよ」
悠斗は蜃気楼の特性を理解し、これに対抗するための手段を練る必要があった。熱による空気の歪みを無視できる攻撃手段、もしくは陽炎が動かざるを得ない状況を作り出すことができれば……。
(蜃気楼……陽炎が操る熱によって光が屈折し、攻撃の軌道が狂わされている。熱の影響範囲を見極めなければ、攻撃は通じない)
悠斗は工場のガラス窓を見つめた。かすかに揺らめく空気の歪み。そこが陽炎の影響範囲だ。釘が逸れる原因は、光の屈折による錯覚であり、視覚を狂わされているせいだと改めて確信した。
悠斗は周囲の気配を探った。すぐ近くに何かの気配を感じた。しかし、蜃気楼によって陽炎の姿は定まらず、焦ればその罠にはまることになる。焦って動けば、待ち構えている陽炎の手の内に落ちるだけだ。
悠斗はじっと目を凝らし、揺らぐ空気の歪みを見極めようとした。汗が背中を流れるのを感じる。呼吸を整えながら、周囲の異変に意識を研ぎ澄ませる。視界の端で、陽炎の姿が微かに揺れる。それはまるで水面に映った影のように頼りなく、しかし確実にそこにいるという事実を示していた。
(右斜め前、十メートル……そこか!)
悠斗は狙いを定め、素早く釘を五本抜き取る。手の中で微かに震えるそれを、一瞬の間隔で連続して放った。釘は異なる角度から複雑な軌道を描きながら陽炎へと迫る。前方、側面、頭上、死角を狙うように放たれた釘が、高速で空間を切り裂いた。
しかし、
「甘いな」
陽炎の周囲の空気が揺らめき、放たれた釘は高熱に晒される。瞬く間に赤熱し、途中で炭のように崩れ落ちた。
「遠距離攻撃は無駄だぜ。その程度の策で俺を仕留められると思ったのか?」
悠斗は唇を噛んだ。身体に疲労が溜まっているのを感じたが、負けるつもりはない。ここで諦めるわけにはいかない。
「じゃあ、別の方法を試すだけだ」
悠斗は魔法を使い後退しながら、工場の内部へと駆け込んだ。
工場内は薄暗く、食品加工機械が並ぶ広大な空間だった。悠斗は微かに漂う小麦粉や調味料の香りを感じながら、作戦を組み立てる。
(工場の構造を利用するしかない)
悠斗の動きを見極めるように、陽炎が工場内へ足を踏み入れた。
「隠れるつもりか? 無駄だ。どこにいようが、ここは俺の熱の支配下にある」
陽炎はゆっくりと手を開き、工場内の空気を支配するように熱を操った。庫内の温度がじわじわと上昇し、壁や天井の鉄骨が熱を帯びていく。遠くの作業台に置かれていた調味料の袋が微かに膨らみ、粉塵が揺れ始めた。
「逃げ場はない。どこにいても、お前の皮膚が焼けるくらいにはできるんだぜ」
陽炎は工場内の温度を急激に上昇させ、悠斗を直接攻撃しようとしていた。熱波が空間を揺らし、息苦しさが広がる。遠くの壁に設置された温度計の針が上昇し、機械の表面が熱を帯びてゆく。熱気が皮膚を焼くようにまとわりつき、立っているだけでも体力を奪われていく。悠斗はこの環境が長く続けば、陽炎にとって有利になることを理解した。
悠斗は工場内を見渡しながら、細かな粉塵が舞い上がるのを確認した。食品工場特有の微粒子が空中に漂い、空気がわずかに霞んで見える。しかし、陽炎にはすでに位置を把握されており、隠れる意味はない。悠斗は周囲の状況を把握しながら、次の一手を考えた。
(どうすればあいつの攻撃をかいくぐれる……?)
悠斗は一瞬目を閉じ、深く息を吸い込んで冷静さを取り戻した。
次の瞬間、悠斗は陽炎との距離を正確に測り、魔法を発動し、床を蹴ると同時に加速した。視界の端に陽炎の姿が映るが、彼の手の届かない位置へ素早く移動する。足元の粉塵が舞い上がり、視界がより不明瞭になる。陽炎が即座に反応し、次の行動を読んだかのように間合いを詰める。
次の瞬間、緊迫した沈黙が場を支配した。遠くで機械の微かな駆動音が響く中、悠斗と陽炎は互いの出方を伺っていた。
悠斗と陽炎の距離は徐々に縮まり、互いの攻撃範囲が重なり始めた。戦いは最終段階へと移ろうとしていた。
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