とある聖女の物語  

@Alphared

第1話 プロローグ 聖女のお仕事はブラックです。

 何もない、真っ白な空間にいた。

 そこで誰かと何かを話していた気がする。

 だけどそれは泡沫の様に遠く彼方に消え去って……。


 私はパチリと目が覚める。

 見知らぬ……いや見覚えのある天井だ。でもなぜか知らないと感じる。

 周りには誰かがいる気配もないので、私はここで一人で寝ていたのだろう。

 起き上がろうとしたけど、身体が重くて動かない。

 私は無駄な抵抗を諦めて、動く頭脳を回転させる。

 まず、私は誰?

 私はカナミ……いや違う、ミカナ……ミカナ・ファンブラウ……ファンブラウ士爵家の長女。

 あれ?士爵?そんな爵位あったっけ?


 私が知っているのは、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……いわゆる公・侯・伯・子・男の五爵だ。公爵の上に「大公」があることもある。


 ……ううん、違う。爵位は公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵・騎士爵・士爵の7爵だ。大公は小国の王として扱われ、伯爵以下には一代限りの名誉爵もある。

 名誉爵は、貴族でないものが大きな勲功を上げた時に与えられるもので、一代限りではあるが、続けて国に貢献すれば永代爵に陞爵されることもある。

 ちなみに、名誉爵はその爵位の2つ下の序列になっていて、たとえば名誉子爵の場合、男爵の下の序列となる。そのため、一番下の序列は名誉騎士爵で、名誉士爵と言うものは存在しない。


 ……あれ?何か記憶がごちゃごちゃになっているよ?

 ……まいっか。つまり何が言いたいかというと士爵であるファンブラウ家は実質一番下の、貴族を名乗っているけど平民に近い家だという事。

 ……おかしい。私はミカナ……のはずだけど、何かしっくりこない。


 ッ!


 突然激しい頭痛に襲われ、私は意識を失ってしまった……。



 次に目を覚ますと、私は何か狭い箱の中に入れられていた。

 体を覆うものは……花?

 なんだろう?と私は身体を起こす。


「お、お、おぉぉぉ!」

「奇跡だっ!」

「さすが聖女様!奇跡を起こされるとは!」

 周りが騒がしい。一体何が起こっているのかな?

「自分の名前を言えるかな?」

 白髪に白いひげを蓄えた、とても偉そうな感じの人が私を覗き込んで、そう問いかける。

「わ、私の名前は…カナ……ミカナ……ミカナ・ファンブラウ……です。」

「何が起きているかわかるかな?」

「さぁ?私は寝ていたはずなのに……気づいたらここに……。」

 その後2~3の問答をしてから、私は別室へと移動させられた。

 ……ここは見たことがある。私の部屋だ。

 明日になれば、また色々と尋問されるそうだけど、今日のところはもう休んでいいらしい。


 一人になって落ち着いたところで、私は自分自身の事を振り返る。

 私の名前はカナミ・ミナカミ……水上香奈美だ。でもミカナ・ファンブラウでもある。

 はぁ……私は知らないうちに転生してたのかなぁ?

 今の状況は、たぶん、ミカナの中に眠っていた前世のカナミの記憶が蘇ったと言う状況……なのかな?

 そう考えて違和感を感じる。

 違うか。理由はわからないけど、ミカナは死んで、私がその記憶と体を引き継いだって感じかな?

 そう考えるとすごくしっくりくる。うん、たぶんそういうことなのだ。


「となると、なぜミカナが死んだのか?という事よね。」

 何か自分の死因に手掛かりはないか?と記憶を探ってみる。


 まず、私……ミカナは幼いころに治癒魔法の才能があるとして神殿に売られた。

 神殿に預けられたとか、修行のために神殿に入ったなどという言い回しも出来るけど、その日の食べる物にも困っていた貧乏士爵家としては娘を神殿に出すことによって食い扶持を減らすことが出来たうえ、神殿からわずかばかりとはいえ、金銭を受け取っているのだから売られた、と言っても過言じゃないと思う。


 この国には「聖女」という役割を担うものがいる。

 聖女の御力によって、作物は実り豊かになる。

 聖女の御力によって、水は清められ湧いて出る。

 聖女の御力によって、魔物を退ける。

 聖女の御力によって、悪しき病を遠ざける。

 聖女の御力によって………

 などと、とにかくすべては聖女様のおかげ、というわけだ。

 しかし、そんなことがあり得るはずがない。

 そんなことが出来るのは、もう、聖女ではなく女神でしょ!と言いたくなる。

 聖女はあくまでもただの人間なのだから、神の如き同列にされても困るのだ。


 過去には聖女がいても不作や飢饉が起きたこともある。

 聖女がいるのに疫病が流行ったこともある。

 そんなの当たり前の事。天候不順で雨が降らなければ、不作になり、酷ければ飢饉が訪れる。

 衛生観念が確立されていないこの世界ではいつ疫病が流行ってもおかしくない。


 実際のところ、聖女の正体は王都の地下に数多くある魔道具である。

 下水の排水を、濾過し清めて上水道へ循環させる、水の魔道具。

 土壌に栄養を与え、定期的に攪拌する、土の魔道具。

 適度に風通しを良くして、空気がよどまないようにする、風の魔道具。

 空気を温め、温暖な気候を維持する、火の魔道具。

 ……等々、生活に便利な魔道具が王都全体に効果を及ぼしているのだ。


 聖女の仕事というのは、表向きは祈りをささげて、女神の慈悲を乞う。

 その実、薄暗く汚れた地下道を回って各地に設置された魔道具に魔力を注ぐのだ。

 正確に言えば、その仕事をするのは聖女見習いである。

 魔力を注ぐべき魔道具は数多く、とてもじゃないが、聖女一人の魔力で賄えるものではない。

 だから、少しでも魔力の素質のある子供たちを集めて魔力を注がせる。

 その中で成長し、一番魔力が多いものを次代の聖女とするのだ。

 聖女の本当の役割は、魔道具の管理と、民衆の憎しみを背負って犠牲になること。


 聖女は毎日祈りを捧げる……それでも、魔道具への魔力の供給が足りなければ、天候不順になり、空気がよどみ、水は悪くなる。

 結果として疫病や不作が起き、その場合、やり玉にあげられるのは聖女なのだ。


 聖女がしっかりしていないから、聖女が祈りをさぼったから、聖女は偽聖女だった……等々……。

 そうして、すべての責任を聖女に押し付け、民衆の怒りを受けて処刑される。その後は、民の信仰心が足りないから本物の聖女が現れないのだ、と、民衆に責任を分散させてその場をしのいでいく。


 そうしてこの国は……聖女のいる国アルファート帝国は「聖王国」として500年以上の歴史を培ってきたのだ。



 そして、当然聖女候補であるミカナも、毎日毎日、朝早くから夜遅くまで働き通しであった。


 ここでミカナの1日の行動を見てみよう。

 朝3時半起床……朝というより深夜である。

 なぜこんな時間かというと、他の神官たちが大体5時から5時半に起きるので、それまでに朝の御勤めを終える必要がある。

 ここでいう「朝の御勤め」というのは神殿地下にある魔道具の点検と魔力注入である。


 神殿の中でも、聖女の本当の仕事を知っているのは、その仕事をしてきた聖女自身と、枢機卿を始めとした一部の上位神官のみなので、他の神官にバレないうちに終わらせなければならないのだ。

 そして、皆の起床に合わせて、本来の朝の御勤め(掃除や洗濯など)をする。

 それらを終えたものから順次食事ではあるが、食事にも決まりがあり、上位の者から下位の者へと下げ渡すことになっているので、表向き「巫女見習い」であるミカナに順番が回ってくるのはかなり後の方であり、食事もほとんど残っていないという事が多い。


 食事を終えるのは大体8時ごろ。皆はそれぞれの役職に応じた仕事に就くが、聖女見習いのミカナには、地上と地下にある各所の魔道具の点検と魔力注入が待っている。

 本来であれば20~30人ぐらいの見習いが手分けして行う作業なのだが、数年前に起きた疫病と、その際に行われた聖女の処刑の際、何人かの見習いも処分されてしまったため、現在では数人しか聖女見習いがいない。

 こういう場合、即座に人員補充がされるのが常なのだが、幸いにもというか不幸にもというか、ミカナは次期聖女候補と言われるだけあって、常人の数倍の魔力を保持していた。

 ミカナのお陰で、人員不足ながらも王都の魔道具は辛うじて不備なく作動していたため、神殿の上役は、これ幸いと補充人員の為の補助金をピンハネし人員の補充をしなかった。

 王宮の担当は、特に問題が起きていないため、人員が補充されていないことに気づいていなかったのだ。

 そのため、ミカナに係る負担は大きく、昼食など取るヒマがない。

 時々、街中の魔道具の点検をしていると、顔なじみになった商店のおじさんやおばさんがおやつをくれるので、それがミカナの栄養源となっていた。

 ちなみに、町中の人々は、ミカナのことを何処かの工房の見習いだと思っていて聖女見習いだとはしらない。

 町中の魔道具が、聖女の力の一端だと知られるわけには行かないから、それらの魔道具はあくまでも『ただの便利な道具』としてあるから、それらの道具を点検して回っているミカナのことは『小さいのに頑張ってる見習いの子』として認識されている。


 そんな感じで、すべての作業を終えたミカナが神殿に戻るのは、だいたい夕方6時前ぐらいになる。普通、巫女見習いの姿が、1日中教会で見えなければ、どこからか文句が出てくるのだが、人員を担当している上役が、彼女を庇いうまくごまかしていた。

 それもそのはずだ。ミカナが魔道具を見て回らないと、魔力切れが元ですぐさま動作不良を起こす。

 そうなれば原因が追究され、人員補充をせずに補助金を誤魔化していることがバレるからだ。

 そんなことを知らないミカナは、純粋にその上役の事を優しい人だと感謝していた。


 神殿に戻ってきてからは、洗い物や片付け、繕い物などをし、食事が下げ渡されるのを待つ。ミカナが夕食にありつけるのは大体8時を回ったころ。朝食と同じく、当然ろくに残ってはいないので食事にかける時間は早い。

 その後は先輩たちから押し付けられた仕事をし、皆が寝静まる深夜10時ごろに、朝とは別の場所にある魔道具を見て回る。

 すべての業務を終えて、身を清めてから眠りにつくのが大体深夜12時半から1時ごろである。


 毎日、底を突くまで魔力を供給し、ろくな食事もとれず、睡眠時間も3時間弱……。

 うん普通に倒れるね。

 それでもミカナが倒れずにやってこれたのは、やはり潤沢な魔力のおかげで耐久力を含め、諸々の身体能力が高くなっているせいだった。


 ……ひょっとして、これからは私がこのブラックな作業を引き継ぐの?

 そのことに思い当たり、青褪めるカナミ。

「やってられるかぁッ!」

 思わず大声で叫んじゃったけど……仕方がないよね?

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