第5話 星野さんはうっかり者。

あの一件からちょうど1週間。

星野さんとは全く口を聞かなかった。


やっぱ変人に関わるんじゃなかった、と後悔しても後の祭りだ。

というか、後悔したところで締め切りは待ってくれない。


「はぁ…。」

渋々、星野さんを呼び出した図書館のワークスペースは、

ゴールデンウイーク前に課題を終わらせようと目論む学生でごった返している。


「凄い人ね。場所を変えるべきかしら?」

いつの間にか、私の後ろに立っていた星野さんもあまりの人口密度に驚いた様子だ。


「ここの他に作業できそうなとこあんの?」


できるだけ顔に出して不機嫌アピールをする私を気にも止めず、星野さんは


「…えぇ、あてがあるわ。」


着いてきなさいとばかりに歩き出す。


「ちょっ、どこ行くの?」


慌てて後を追う私に、


「私たちの部室よ。」


ここから近いから、と星野さんはスタスタ歩く。

かくして私は星野さんが所属している文芸部の部室にお邪魔することになった。



人が多い所で星野さんの横にいたら、視線だけで圧死しかねない。

文芸部の部室が同じフロアでも一番端、誰も寄り付かなそうな場所にあったのは不幸中の幸いである。


「失礼しまーす…」


一応挨拶してみたものの、部室には壁一面に大量の本があるだけで、誰もいなかった。

古い本特有の香りがするが、嫌なカビ臭さはなく、ちゃんと手入れされていることがわかる。


良くいえばアンティーク調のソファーに腰掛けた星野さんに、私は口を開いた。


「ペアワーク課題だけど、もうゴールデンウィーク入るし私が残りやるから。」


これ以上星野さんと関わるくらいなら、レポートを1人で書いたほうがマシだろう。


とはいえ、なかなかに苦しい決断である。


「書くこともほぼ決まったし―」


「…実はこっちでレポートは大体作り終えてしまったのだけど。」


「やっぱ見せてください。」


既に完成しているとあっては楽したいという欲求に抗う術などあるだろうか。

いいや、ない。

私は前言を撤回し、あっさり遥か彼方へ放り投げた。



「ペアワークだから2人で確認しつつ…」


真面目な星野さんには悪いが、私はレポートなんて期限内に出せればそれでOKな人種である。

当然流し読んで、OKを出す気満々だったのだ。


「あ、USBを家に忘れてしまったみたい。」


星野さんがそう言うまでは。


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