前のめり

「ええと最初はね、駅の近くで見た気がするんだ。確かその時は飲み会の帰りで、酔ってたからあまり自信がないけど。いやそんな、いつも飲んでるわけじゃなくてたまたま」

 杉本さんの言い訳に、特に返答はしない。

「その時、人ごみの中にフッと、何か見たことのあるような子供がいてさ。知り合いの子かなとは思ったんだけどそのぐらいの歳の子の知り合いなんていないし、よくよく見ると昔の自分の写真で見た顔とそっくりだったんだ。ただ、そのあとすぐにその子は人混みに紛れちゃって、一瞬だったから今でも幻覚か実際にいたかは分かんないんだけど。でもその時から夢の中とか、この前みたいに寝ぼけた時とかに、小さい頃の自分みたいなイメージが見えるようになったんだ」

 あくまでも幻覚が見えるというだけで実体はないということなのか? 小さい頃の自分――10歳前後ぐらいと言っていたからまだ成長期前の少年の姿だろう。自分によく似た少年。実際に見たら過去の記憶の幻影とか、過去からタイムスリップしてきたみたいな印象を受けるかもしれない。

 どこまで事実なのかは分からないし自分とは似ても似つかない状況ではあるけれど、興味は沸いてきた。

「不思議ですね。昔の姿を繰り返し見るということですけど、それが幽霊ではなかったとしたら、何か内面的とか精神的なものの影響にも思えますね」

「それは俺も考えたりしてる」

「原因とか分かります? 『もう一人の自分』のような昔の姿が見え出す前に、それを引き起こしそうな何か印象的な出来事があったとか」

「それが、心当たりがない訳じゃないけど……」

 と、杉本さんは言葉を濁した。

「ちょっと人には言いづらい話もあってね」

 しまった。焦って聞き過ぎたか。

 杉本さんは少し窓の外に目をやってから、こちらに向き直した。

「まあいいや。別に隠している事ではないし。実は俺の親は昔離婚しててさ、その時に生き別れた、母の方に引き取られた兄弟がいるんだ」

「そうなんですか、すみません」

 デリケートな話に首を突っ込み過ぎてしまったか。しかし杉本さんは気にしなくていいと言ってくれた。

「そこら辺を伝えとかないと説明しづらいしさ。それで確かその日か前日ぐらいに本棚を整理している時に、自分が子供の頃の、まだ三人の頃の写真を見つけてて、それが原因かなって思うんだ。四人で写真撮ることはなかったな、ってその時思ったのは覚えている」

 杉本さんは少しだけ窓の外に視線をやってから、またこちらに向き直った。

「俺の見ている自分の分身の夢は、多分そこから来ている気がするんだ。離婚してから会ったことはないから、自分自身の外見のイメージに引っ張られている所はあるはずだけど、もし今会うことが出来たら、俺に似たような感じに成長しててもおかしくはないと思う」

 杉本さんの10歳前後の姿、自分の面影のある弟の幻覚、それが見える時はどういう気持ちなのだろう。

「ずっと、会っていないんですね」

「そうだね」

「探して、会いに行ってみようとは思いませんか?」

 段々と、自分の姿勢が前のめりになってきていることに気づく。

「いや……。向こうも新しい家族になっているだろうし、このままでもいいんじゃないかな? 別の人生を歩んでるんだから」

「もし会える可能性があったら、一度でいいから会ってみるべき……だと思います」

 言いながら気づいた。自分の願望を相手に押し付けているとしか思えないということ。自分の特殊な状況を勝手に重ね合わせてしまっている。

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