一人の自分だけ

 誠の父が死んだ翌日でも当然だけど、変わらない日常が美久の周りでは流れていた。

 友達と取り留めないことをおしゃべりしたり、春休みの予定をワイワイ言いながら決めたり、悩み事と言えば明後日の父の誕生日プレゼントをどうしようか、たまには何か美味しいものにでもしようか考えるぐらいだったはず。何気ない本来ならちょっとした幸せを感じられる時間。でも自分はうつむいて、感情の整理をしながら過ごした。

 帰りの会の前に、じゃれあう男子達の声が耳に入った。

「何するんだよ、死ねー!」

 おそらく大した意味の込められていない言葉。でも、もしその男子が誠側の事を知っていれば、発せられなかったかもしれない言葉。それに心が押しつぶされそうになりながら、ただじっと耐えた。


 誠の時以外の自分には父親が変わらずいる。

 誠の方の父が死んだ後、一時期父の側にいることを避けていた。父の姿を見るとその時は一旦心が安らぐけど、余計に誠でいる時の喪失感を大きくしてしまいそうで。父と、そして母はそういった変化を感じ取っていたと今から考えるとそう思う。でも思春期特有の行動とでも考えたのか、寂しそうではあったけれどそれ程重大なこととは捉えていないようだった。

 美久と誠の環境は、変わってしまった。本当は以前からそうだったはずだけど――。

 誠の側で会った不幸を、誰も知らない。不幸だけでなく誠の父の存在も、誠の周りの人間すべてを、こちらの誰も知らない。逆に美久の身の回りに変化があっても、誠側の人達は当然知ることはない。

 ――そう、自分の半分を誰も知らない。

 それまではそれを当たり前の事として受け止めていた。だけど誠の父の死以降、時々考えることがある。自分は――自分達は親しい人や友達、家族にも半分しか認識されていない。

 自分のすべてを分かってもらうなんてまず無理なことだけど、それでもみんなが見ている自分が、その一部だけだというのはやりきれない気持ちになる。

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