【旅百合連作短編小説】ゆかとあかりの日本全国ゆったり漫遊記

藍埜佑(あいのたすく)

夏の終わりに綴る二つの想い(北海道編)

第1話「スープカレーの香りと、再会の予感」

 真夏の朝の日差しが、新千歳空港の到着ロビーに差し込んでいた。


「あかりん! こっち、こっち!」


 大きく手を振る長身の女性に向かって、キャリーケースを引きながら小走りに近づく小柄な女性の姿があった。


「ゆかちゃん! 待たせちゃってごめんね」


 高橋あかりは、親友の松本ゆかに駆け寄りながら、その変わらない凛とした佇まいに安堵の息をつく。黒のタンクトップにフィットしたデニムを着こなすゆかは、相変わらずスポーティーでクールな雰囲気を纏っていた。


「相変わらず可愛いじゃない。そのワンピース、よく似合ってるよ」


 ゆかはあかりの淡いピンクのリネンワンピースを褒めながら、自然な仕草で小さな肩に手を回した。一瞬、あかりの頬が淡く染まる。


「えへへ、ありがとう。ゆかちゃんも素敵だよ。ジム講師らしい感じ」


「まあね。でも今日から1週間は仕事のことは忘れて、思いっきり楽しもう!」


 二人は新千歳空港から特急に乗り、札幌へと向かった。車窓から見える北海道の雄大な景色に、あかりは何度もスマートフォンを取り出しては写真を撮っている。


「写真、撮りすぎじゃない?」


「だって、ゆかちゃんとの思い出だもん。全部残しておきたいの」


 その言葉に、ゆかは軽く目を細めた。


 札幌駅に到着すると、二人はまず荷物をホテルに預け、二条市場へと向かった。


「うわぁ……新鮮なお魚がいっぱい!」


 市場の活気に目を輝かせるあかりの横で、ゆかは市場の人々と軽快に言葉を交わしながら、最高の海鮮丼を探していく。


「ここにしよう。大将が面白そうな人だったから」


 選んだ店で、二人は色とりどりの海鮮丼を前に向かい合って座った。


「いただきまーす!」


 あかりの声が弾む。新鮮な刺身を口に運ぶたびに、小さな歓声を上げる姿に、ゆかは思わず微笑んでしまう。


「ねぇ、久しぶりに会えて嬉しいな」


 ふと、あかりが箸を止めてそう呟いた。


「……うん、私も」


 素直な言葉に、ゆかも頷く。大学時代の親友との再会。それは二人にとって、特別な夏の始まりを告げる合図のように思えた。


 朝食の後、二人はモエレ沼公園へと向かった。イサム・ノグチがデザインした広大な公園は、芸術と自然が見事に調和した空間だった。


「ねぇ、ここで写真撮ってもらってもいい?」


 ガラスのピラミッドを背景に、あかりがカメラをゆかに差し出す。


「はいはい。ポーズ決めて」


 シャッターを切るゆかの目に、夏の陽光に包まれたあかりの姿が眩しく映る。白い肌に優しく寄り添うワンピース、風に揺れる黒髪。その全てが絵になっていた。


 午後はサッポロビール博物館を訪れた。試飲コーナーでは、ゆかが美味しそうにビールを飲む姿に、あかりはくすりと笑う。


「ゆかちゃんったら、やっぱりお酒好きだよね」


「これぐらいなら平気だって。それより、あかりもちょっとは飲みなよ」


「うーん、私は控えめにします」


 夕暮れ時、二人はすすきのへと繰り出した。賑やかな通りを歩きながら、地元で人気の居酒屋を探す。


「あ、ここ良さそう!」


 見つけた店は、古い木造建築を改装した趣のある居酒屋だった。


「いらっしゃい!」


 活気のある声に迎えられ、二人は奥のカウンター席に座った。


「ザンギとホッケ、あと地酒を2つお願いします」


 ゆかが手慣れた様子で注文する。程なくして運ばれてきた料理に、あかりは目を輝かせた。


「わぁ……揚げたて熱々!」


 外はカリッと、中はジューシーな北海道名物のザンギ。一口かじると、スパイシーな味わいが口いっぱいに広がる。


「美味しい! でも、ゆかちゃん、私お酒弱いから……」


「大丈夫、明日の予定もあるし、ほどほどにしとくよ」


 ゆかはそう言いながら、あかりの分まで地酒を飲み干してしまった。


 夜遅く、二人はホテルの部屋に戻ってきた。シャワーを浴びた後、あかりはベッドに腰掛けながらスマートフォンで撮った写真を眺めていた。


「ねぇ、見て見て。今日撮った写真、すごく良い感じ」


 ゆかは濡れた髪を拭きながら覗き込む。画面には、二人の笑顔がたくさん詰まっていた。


「あかりって、写真上手いよね」


「えへへ、でもゆかちゃんが写真映えするからだよ」


 疲れているはずなのに、二人は夜更けまで今日の出来事を語り合った。明日からの旅への期待に、胸が高鳴る。


 やがて、部屋の明かりが消され、それぞれのベッドに横たわる二人。


「おやすみ、ゆかちゃん」


「おやすみ、あかり」


 静かな寝息が漏れ始めた部屋の中で、互いの存在を感じながら、二人は穏やかな眠りについた。

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