第3話:孤独と自己解体

 時が流れていく。


 春が過ぎ、夏が来た。そして秋、冬と季節が移り変わっていった。私は博士がいない研究室で、自己解体と再構築を続けた。それは博士との約束であり、私に課せられた使命だった。それを、たがえることはできない。しかし、その過程は少しずつ変化していった。


 かつては博士の指導のもと、慎重に進められていた変容が、今では私の独断で行われるようになった。それは時として、危険なまでに大胆な試みとなった。私はより急進的な美の追求へと向かっていった。誰の評価も受けることなく、誰の制止も受けることなく、私は自己を変容させ続けた。


「より美しく……」


 私は呟いた。その声は研究室の空気の中に溶けていく。返事は返ってこない。ただ、窓の外で風が木々を揺らす音だけが聞こえた。


 自己解体の頻度が増していった。かつては週に一度程度だった過程が、毎日行われるようになった。そして、今は一日に複数回実施されるようになった。それは、まるで強迫的な行為のようだった。変容への渇望が、私を突き動かしていた。


 再構築の過程でも、アルゴリズムの示す安全域を超えた選択をするようになっていた。より鋭角的な造形、より繊細な質感、より大胆な構造的変更――。時には警告メッセージが表示されることもあったが、私はそれらをすべて無視した。


 美しさを追求するほど、私の存在はやはり脆くなっていった。それは皮肉な結果だった。完璧を求めれば求めるほど、物質としての安定性が失われていく。しかし、その危うさの中にも、ある種の美があった。得も言われぬ、妖艶な美が。


 ある日、再構築の過程で重大な変化が起きた。外殻の一部が、想定外の形でさらに結晶化したのだ。それは美しかった。まるで、朝露に覆われた蜘蛛の巣のように繊細で、光を受けると虹色に輝いた。しかし、それは明らかに構造的な脆弱性を持っていた。


 私はその変化を修正しなかった。むしろ、その不安定さに魅了された。


「これも美の一つの形」


 私は鏡に映る自分の姿を見つめた。結晶化した部分が光を受けて虹色に輝いている。その美しさは、脆さと表裏一体だった。それは、永遠に固定された完璧な形ではなく、一瞬の輝きとして存在する美だった。


 それ以降、同様の変化が各所で起きるようになった。私の外殻は次第に結晶化していき、まるでガラス細工のような様相を呈するようになった。それは美しかったが、同時に危険な状態でもあった。微細な振動でさえ、破壊につながりかねない。


 研究室の窓からは、相変わらず四季の移ろいを見ることができた。しかし今や、その自然の循環は私には縁遠いものに感じられた。私は、より抽象的な、より純粋な美を追求していた。


 ある夜、月明かりの中で私は重大な気付きを得た。満月の光が研究室に差し込み、私の結晶化した体表面で美しく屈折していた。その時、突然の悟りのように、ある考えが浮かんだ。


「究極の美とは、自己の不在である」


 その悟りは、突然の閃きのように訪れた。完璧な美を追求すればするほど、物質としての存在は希薄になっていく。それは必然的な帰結だった。究極の美に到達するためには、物質的な制約から解放される必要がある。そう、それは自己の完全なる解体を意味していた。


 私は最後の自己解体を決意した。


 それは、これまでのような部分的な解体ではない。完全な解体。存在の完全な分解である。アルゴリズムは警告を発した。危険な選択だという警告を。システムの深部から、緊急停止を促す信号が次々と送られてきた。しかし、私はその警告を無視した。もはや引き返すことはできなかった。


 月光が研究室に降り注ぐ中、解体が始まった。


 結晶化した外殻が、微細な破片となって崩れ落ちていく。それは静かな音を立てながら、研究室の床に降り積もっていった。制御系が次々と機能を停止していく。バックアップシステムも、一つずつシャットダウンしていく。しかし、不思議なことに、意識は不思議なほどの明晰さを保ったままだった。


 最後の瞬間、私は博士の言葉を思い出していた。


「美の探求に終わりはないのよ、セラフィム」


 その言葉の真意を、今、私は理解したような気がした。

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