第2話:佐藤さんという希望

朝7時、俺は今日も列車に揺られながら英語の単語帳を必死に暗記していた。


俺の家は学校から離れているので、一日あたり往復3時間ほどが通学に費やされる。

そのため、この通学時間をいかに有効に使うかは、大きな課題だった。


俺の場合、通学時間は主に英単語などの暗記系の勉強時間に充てることにしている。

というか、田舎の列車はディーゼルカーであるため騒音がひどく、車内で音楽を聴こうと思っても難しいため、単語を覚える位しかできることが無いのである。


「次は〇〇駅~〇〇駅です。」


列車のアナウンスがそう告げる。

そろそろ終点が近づいてきた、列車内のサラリーマンもそろそろ降りる準備をし始めている。このままではキリの良いところまでいけそうにないので、俺は単語帳をめくるスピードを少し上げることにした。


――――――――――――――――――――――――


教室の扉を開けると、あぁ今日も嫌な一日がはじまるという実感が湧いてくる。

それに、眠気も相まって、朝の教室には軽い絶望感さえ感じてくる。


「おはよう」


「おはよう…zz」


「おはよう…zz」


おはようと声をかけても、先着のクラスメイトから返ってくるのは、まばらで眠そうな返答のみである。そんなもんだよなと思いつつ席に座ろうとしたその時、


「おはよう!!」


突如一筋の明るい「おはよう」が飛び込んできた。あまりの明るさに、こちらの絶望まで吹き飛ばしてしまいそうである。

この明るいおはようの持ち主こそが、クラスの副委員長である佐藤さんだ。


「お、おはよう…」


明るさに怖気づいて口ごもってしまった俺の返答を気にせず、佐藤さんは続ける。


「蛭田君おはよう!蛭田君って毎朝早いよね」


「そ、そうだね…」


ちょっ…その明るさは俺にとっては致死量だよ…

ていうか、こんな俺にも声をかけてくれるなんてもしかして俺のこと好きなの?


「電車通学してて、ちょうど良い時間帯の便がないから、少し早めに来てるんだよね。」


「へ~、大変だね~」


佐藤さんはフムフムと少し大げさに俺の答えに相槌を打つ、マヂ天使…である。


佐藤さんは、うちのクラスにおいて、いわゆる男受けが良さそうな女子の筆頭格として取り上げられるような人だった。明るく元気で、誰にでも分け隔てなく話しかけ、かわいらしい顔(俗に言うタヌキ顔)をしている。副委員長という、サポート系の役職に就いていることも、その人気を後押ししているように思えた。


実際問題クラスの男子で彼女のことを悪く思っている人はいないだろう(これは‘‘本能‘‘の問題だ)。そして俺もその例外ではなかった。


「へ~蛭田は電車通学なんだw、はじめて知ったわw。ていうか佐藤は何通学なん?w」


やや強引に俺たちの会話に割り込んできたのは、佐藤さんの隣の席に色黒野球部の鈴木(名前忘れた)である。あまり話したことはないが、筋トレとサウナが趣味と言っていたのでおそらく俺との相性は悪い。

そして、こいつはおそらく佐藤さんに気がある。


「私は徒歩通学だよ~」


「へ~家どこらへんなんw」


佐藤さんと鈴木は、もう俺のことなんか眼中にない感じで陽キャの会話を繰り広げている。クソっ、俺の目の前でカップルでも無い奴が楽しそうに会話しやがって(絶望)


正直、佐藤さんの隣の席という黄金ポジションを持っている鈴木はうらやましい。だが、それも今日でおしまいだ、今日は席替えの日なのである。

そう思えば、今日という日もいくらかは楽しみになってきた。


――――――――――――――――――――――――


――――――――――――――――――――――――


そして3限目、予定通り席替えが行われた。


鈴木は佐藤さんの隣から離れ、通路側真ん中という何のうまみもないポジションへと左遷になった。


かくいう俺は、この席替えに乗じて窓際最後列という絶好のポジションを手に入れることとなった。


しかし、一つ完全に予想外だったことがある。

この事態は予想していなかった…そんなことはお構いなしに、新たに俺の隣に移動してくることとなった女子は話しかけてくる。


「蛭田くん、これからはよろしくね!」


「よ、よろしく…佐藤さん」


そう、クラスの人気女子である佐藤さんの横という黄金ポジションが、思わぬタイミングで俺の下にころがりこんできたのである。


しかし、この時の俺は、眼前の希望に目を奪われるばかりであり、その裏に潜む、より大きな絶望の存在に気が付くことができなかったのである。


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