第20話 時がすぎさってしまうまで。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
どうして私がここにいるんだろう。
いちゃいけないはずなのに。
誰よりも私がそう思っていたはずなのに。
だからここで、はっきりさせなきゃいけない。
――――私が本当は、どうしたいのか。
「こころちゃん、本当に私でいいの?」
「……うん、かのんちゃんにしか頼めないよ」
こころちゃんはとろんとした目で言う。
その表情はいつもの明るいものとは違って、どこか薄暗いように見えた。
「じゃ、じゃあまずはどうしよっか」
「……手、繋いでいい?」
そう遠慮がちに言いながらも、こころちゃんは誘うように私の手を撫でている。
少ししっとりとした手の平の感触がくすぐったい。
「あの私、手汗……とか」
「そんなのあたしだってかいてるよ。ほらっ――」
――ぎゅうっ
そうして私の手とこころちゃんの手が繋がった。
温かくて、柔らかい。
まるで心ごと繋がっているような、その感覚はとても心地良くて。
気付けば私たちは指を絡ませ合っていた。
温もりと感触を確かめようと必死に互いを貪る。
その様は妙に性的で――背徳感のようなものが私の背筋を駆け上っていった。
「かのんちゃん、顔真っ赤っかだね」
「あぅ……で、でもっ、こころちゃんだって……」
余裕そうに言ったこころちゃんの顔も、さらに紅潮していく。
その蕩けた目と震える唇があまりにも可愛いので、私は無意識に顔を近づけてしまった。
するとこころちゃんはびっくりしたような反応をしたあと、自分も顔を近づけながら囁く。
「キス、する……の?」
どくん、と心臓が高鳴った。
こころちゃんの部屋で、二人っきり。
ベッドの上で密着している私たち。
……まさにそういう雰囲気。
しても、おかしいことなんてない。
「そ、それは……その、えと、まだ……」
でも私は、つい曖昧な返事をしてしまう。
そうしたくてたまらなくなっているはずのに、まだなりきれていない部分が私の邪魔をする。
私は気まずくなって、こころちゃんから目を逸らしてしまった。
そんな私を見たこころちゃんはこくんと首を傾けて、いたずらっぽく笑った。
「まだ、なんだ。いつかは……してくれるんだ?」
……かわいい。
どうしようもなくかわいかった。一抹の不安も消し飛ぶほどに。
思わず見とれてしまう。
心地よい沈黙。
その間私たちは、手をぎゅうっと握り合っていた。
しばらくして、こころちゃんがゆっくりと口を開く。
「ふう、とりあえず……これくらいにしとこっか?」
その表情は恍惚としていて、でもどこか不安定に見えた。
私が軽くうなずくと、こころちゃんは繋いだ手からゆっくりと力を抜いた。
「あっ……」
するりと繋いだ手がほどかれる。
てのひらが空気に触れて、温もりが逃げていく。
必死に確かめ合った感触も、にじんで見えなくなってしまった。
さっきまで繋がっていたのに。繋がれていたのに。
そこでこころちゃんと共有していた何かが、この拍子にぷつんと切れてしまったような。
私にはそれがひどく寂しく感じられた。
△▼△▼△
「……ありがとね、かのんちゃん」
こころちゃんがそう言いながら起き上がって、私の横に並ぶ。
そしていつもみたいに、にこっと笑った。
「練習、させてくれて」
私の『好き』な笑顔だった。
ずっと前から知っていたのに、見えないふりをしていた『好き』。
いつしか胸の奥に芽生えていた『好き』。
そうだ、私はこころちゃんの笑顔が好きだったんだ。
こうして隣で笑ってほしかったんだ。
「うん、だって私は――――」
でも同時に気付いてしまった。
あの笑顔は、私の方を向いていないということに。
私は必死に気持ちを押し殺しながら、言った。
「――――『百合』が、好きだから」
するとこころちゃんは、またひまわりみたいに笑う。
「やっぱりかのんちゃんは、かのんちゃんだね」
……そうだねこころちゃん。
私はどうあがいても私のまま。
太陽には、手が届かないんだ。
△▼△▼△
「それにしてもあたし、びっくりしたなぁ」
「……びっくり?」
私と横並びでベットに腰掛けたまま、こころちゃんはぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
「さっきのかのんちゃんの演技だよ。あたし、けっこうどきどきしちゃった」
その言葉は、まだ整理のつかない私の胸の中をぐちゃぐちゃとかき混ぜていく。
まるで私の大切なものが踏みにじられていくような気持ちになった。
……でも違う、こころちゃんは悪くない。何も間違っていない。
間違っているのは、私の方だ。
私は、こころちゃんのために『百合プロデュース』をしているだけで良かったのに。
「……まぁ、だてに百合女子やってませんから。そういうのはインプット済み……みたいな」
私は苦し紛れにおどけてみせる。
「あはは、ならいつか好きな人ができたときも楽勝だね」
するとこころちゃんは微笑み交じりに言った。
……私にとっては、はじめての恋だったのかな。
そんな自覚はなかったから、いまいち実感が湧かない。
それでも胸はじんじんと痛み続けている。
「ん……あたしちょっとトイレ」
「うん、わかった」
そう言ってこころちゃんはばっ、と跳ね起きると、扉の奥へ消えていった。
「……はぁ」
一人きりになった部屋の中で、私はため息をついた。
これからどうしたらいいんだろう。
このままこの気持ちを引きずっていたら、またいつか勘違いをしてしまうかもしれない。
それはきっとこころちゃんにとっても、私にとっても良くないことだと思う。
……だったら、終わらせるしかない。
そのために、『百合プロデュース作戦』を完遂するんだ。
好きな人の恋を、この手で成就させる。
この気持ちがこころちゃんに届くことはないんだと思うと、つらくて仕方がない。
でも、きっとこれでいいんだ。
誰も知らない恋なら、そのまま人知れず終わらせてしまえばいい。
「ただいま~」
こころちゃんの気の抜けた声とともに扉が開く。
それと同時に私は立ち上がった。
「あれ、どうしたの? かのんちゃんもトイレ?」
今一度、己の心と契りを結ぶ。
自分の想いを閉じ込めて、その想いが終わるまで。
「……こころちゃん、作戦会議しよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます