第12話 攻めの素質がありすぎる。

 自分の中に芽生えたにいまいち自覚できないまま、時間だけが過ぎていく。


 気付けば、こころちゃんとひじりさんのデートは明日に迫っていた。


「……お兄ちゃーん」


 私がこんこんと扉をノックすると、すぐにお兄ちゃんが気だるげな顔をのぞかせた。


「どしたの」

「またお洋服、貸してほしくて」

「いいけど」


 お兄ちゃんは短く呟くと、扉の向こうに消えた。


 ……いい加減、自分で買わないとなぁ。


 しばらくして、ゆっくりと扉が開く。


「ほいよ」


 この前お兄ちゃんに借りたものとよく似た、黒いパーカーとズボンを手渡された。


「ありがとう。洗って返すね」

「おう。……てかさ」


 私が部屋に戻ろうとすると、お兄ちゃんに呼び止められた。

 お兄ちゃんは頭をかきながら、私にちらりと視線を向ける。



「彼氏でもできたの?」



 お兄ちゃんは、あっけらかんとした顔で言った。


「……そ、そんなんじゃないっ」

「んまぁ、だよね」


 私が咄嗟に言い返すと、お兄ちゃんはつまらなそうに欠伸をしながら部屋に戻っていく。


「そんなんじゃない、から……」




△▼△▼△




 北鷲高校から二駅離れた町のカフェ。

 この辺りの女子学生の間では有名らしく(こころちゃん談)、日曜日の昼から賑わっていた。


 そこのテラス席に、こころちゃんとひじりさんが向かい合って座っている。


 今日のこころちゃんは白いシャツにチェックのスカートでかわいい系。

 ひじりさんは袖口からフリルが覗く黒のニットにデニムパンツ。かっこかわいい。


 そしてその席の斜め後ろには、フードを深く被った怪しい客がカップのカフェオレを啜りながら鎮座していた。


 ……そう、私。


ひじり、何にするの?」

「ん……じゃあこのマカロニグラタン」

「え~せっかくならパンケーキにしなよ。ここの、美味しいって有名なんだよ?」

「一個まるまるは食べれないかな……。こころのやつをちょっと食べさせて」


 ここからならふたりの表情や会話内容を難なく把握でき、さらにひじりさんの死角に入りつつこころちゃんに指示を出すことができる。


 まさに最強のポジションだ。

 懸念点としては、見た目と挙動が怪しすぎるので通報されかねないことくらい。


「これと、これと……はい。大丈夫です」


 こころちゃんはてきぱきと注文を済ませると、私の方に一瞬視線を向けた。


 ……よし、『デート・オペレート』作戦開始。


 今回の作戦で重要なのは、ひじりさんに対してこころちゃんがアクションを起こすことだ。

 前に私が接触した際にひじりさんは、『好き』がわからないと言っていた。


 そこで私は、こころちゃんがアグレッシブに『好き』をぶつけることでひじりさんの心を動かし、自分の中にある感情を『好き』として自覚させることができるのではないかという結論に至った。



 ……つまり、ひじりさんに『この気持ちが……恋なの!?』と思わせる作戦である。



 さっそく私はホワイトボードに【まずはジャブ】という指示を書いて、ことんと机の上に立てた。


 こころちゃんは瞬きで応えて、すぐひじりさんの方に向き直る。


「……そーいえば、さ。こうやってふたりで出かけるのも久しぶりだよね」

「うん、そうだね。私は部活で忙しかったし、こころは新しい友達いっぱいできてたみたいだし。それに……」


 ひじりさんの表情が少し曇る。


「ま、まあ……ちょっと気まずかったのも……あるけどね?」


 ふたりの間には妙な空気が流れていた。

 あの告白の場面に、よく似ている。


「でも、あたしさ」


 こころちゃんは柔らかく微笑んで言った。



「よかったよ。気持ちだけでも伝えられたから」



 こころちゃんの声色にはどこか、かつての『諦め』が漂っていた。

 だが今は、その瞳の奥で炎がめらめらと燃えている。


「……うん」


 ひじりさんは儚げな笑みを浮かべながら、頷いた。


 ……今のこころちゃんなら、できる。




△▼△▼△




「わぁ、すっごいかわいいし美味しそうっ!!」


 そのうち頼んだものが運ばれてきて、こころちゃんは目をきらきらさせながら写真を撮り始めた。


「……いただきます」


 一方のひじりさんはというと、おずおずと手を合わせてさっさとグラタンを食べ始めている。


 ……本当にグラタン好きなんだなぁ。

 こころちゃんにはマカロニグラタンウーマンになってもらっても良かったかもしれない。


 黙々ともぐもぐしているひじりさん。


 ……そうだ、いいこと考えた。

 私はホワイトボードに【写真撮っちゃえ!!】と書いて掲げる。


 それに気付いたこころちゃんはにいっと笑うと、ひじりさんにスマホを向けた。


「ひ~じりっ」

「むっ?」


 ひじりさんが顔を上げると同時に、ぱしゃりとシャッター音が鳴る。


「……こころ」


 ひじりさんは不服そうにこころちゃんを見つめている。


「だって、食べてるとこかわいかったんだもん」 

「ん……もう撮っちゃだめだからね」


 そう言うとひじりさんは食べるのを再開する。

 こころちゃんは少し残念そうにこちらへ視線を向けてきた。


 ……いや、大丈夫だよこころちゃん。


 一見失敗に終わったようだが、私には

 『かわいい』と言われた瞬間に頬がぴくっと動いていたのだ。


 私はすかさず【かわいい攻め】の指示を出す。


「……ひじりさ、昔からずうっとグラタン好きだよね? なんでそんなに好きなの?」

「なんで、って……おいしいから?」


 ひじりさんはきょとんとして、スプーンを持ったままかくん、と首をかしげる。


「なにそれ、子供みたい。かわいい」

「だって、おいしいじゃん」


 ひじりさんはむっとしながらも、明らかにこころちゃんから目を逸らしている。


 ……はっは~ん。

 さては、攻められ慣れていないな?


ひじりはさ、見た目かっこいいけど中身はかわいいよね。ギャップ萌え、だね」


 いいぞ~もっとやれ~。


 私はホワイトボードを旗みたいに左右に振った。

 近くの女子学生に変な目で見られているが気にしない。


「かっこよくないし、かわいくないよ」


 ひじりさんはスプーンを口に運びながら言う。


「ほら、ひと口小っちゃいのもかわいい」



「…………怒るよ?」



 いたずらっぽく言ったこころちゃんに、不服そうなジト目を向けているひじりさん。


 その頬は、ほんのり上気していた。


 ……うおおおおおおっ!! ついに、ついに頬を赤らめましたよ!!


 私はつい興奮して、ホワイトボードでキツツキみたいに机を叩いてしまう。


 周囲の怪訝な視線が私に集まる。

 紛らわそうと頼んでいたカフェオレを飲むと、甘さに隠れた淡い苦みが私を落ち着かせてくれた。


「それもかわ……ごめんごめんっ!! あ、あたしもそろそろ食べよ~っと」


 こころちゃんは出かけた言葉を誤魔化すように、半ば忘れられていたパンケーキに目を落とした。

 

 引き際も見極められていていい調子だ。

 こころちゃん、戦いの中で成長している……?


「ん~っ!! おいしい~!!」


 こころちゃんは幸せそうな表情でパンケーキをぱくぱく食べている。

 それはきっと、パンケーキの甘さだけが作る表情ではない。


 ……さて、ここらで『あーん』なんてどうかな。

 鉄板過ぎる?それ、誉め言葉ね。


 私はノリノリでホワイトボードに手を伸ばして、指示を書いていく。


 するとふと、ひじりさんがグラタンを食べる手を止めた。

 


「……ねぇ、こころ」

「むっ?」

「パンケーキ、ちょっと食べさせてって言ったよね?」

「あ、うん。いいよ――――」


 ひじりさんはテーブルに身を乗り出すと、ぷっくりとした唇に指を添える。



「じゃあ、……して?」



 ……なっ!?

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