12.憑き物仲間

「――キツネ?」

 地面にペタリと座り込んだまま、私はかすれた声でつぶやいた。


「キツネだなんて、冗談きついな~! 僕は人間だよ?」


「いや、そういう意味じゃなくって……!」


 目の前の男子は、へらへらと笑いながら片手を振っている。

 私は真剣に話をしているつもりなんだけどな。どうやら、彼には伝わっていないらしい。


 笹ヶ瀬ささがせ ヒスイ君。

 私自身を「うわの空を飛ぶツバメ」に例えるとしたら。

 目の前の彼――笹ヶ瀬ささがせ君は「キラキラ輝いて、人の目を集めるカワセミ」といったところだろうか。


 クラスこそ同じだけど、私は笹ヶ瀬ささがせ君と話をするのは、初めてだった。

 それはたぶん、私と彼の住む世界が違いすぎるからだと思う。


 笹ヶ瀬ささがせ君は、クラスのリーダーというわけではない。だけど、明るいオーラをまとう彼の姿は、いつも教室の真ん中の楽しそうな輪のなかにあった。


 校則スレスレの明るい茶髪は、誰に対しても愛想よくほほ笑む彼によく似合っているし。小柄で細身の彼が着ると、ちょっとダボついた紺のブレザーも、あか抜けて見えるし。すその余った紺の長ズボンから、ちらりと揺れる黄金色こがねいろのチェーンも、むしろ自然に見えてしまうから不思議だ。

 ……たぶん、チヅルが見たら「校則違反よ」とか言いそうだけど。


「ごめん、ごめん。キミが言ってるのは、この子でしょ?」

 うりうりと、足元のキツネの頭をなでながら、笹ヶ瀬ささがせ君がほほ笑んだ。


 私はこくり、とうなずく。

「ねぇ、笹ヶ瀬ささがせ君。そのキツネって……あれ?」


 私は慌てて、自分の目をこする。

 おかしい。


 キツネが――というか、キツネの姿だけが、かすんで見える。


 キツネの体を覆っていた黄金色の毛が、目をこするたびに色あせていくのだ。

 太陽の光にキラキラ輝いていた黄金色が、古い体操服みたいな黄ばんだ白に――そして、透明に。


 おまけに、キツネのキンキン声もかすれて聞こえる。周波数の合わないラジオみたいだ。

「失礼」とか「お礼」とか「助けた」とか――途切れ途切れのキンキン声に混じって、かろうじて聞き取れたのは単語だけ。これじゃ、キツネは何が言いたかったのか、私にはよくわからない。


 結局、三回ほど目をこする間に、キツネの姿は、すぅっと消えてしまった。耳障りだったキンキン声も、もう聞こえない。


「どうかした?」

 隣に腰を落とした笹ヶ瀬ささがせ君が、私の顔を覗き込んできた。


 さらりと揺れる明るい茶髪と、アーチ型に細められた笹ヶ瀬ささがせ君の茶色の目が、太陽の光を反射して、黄金色に光ってる。


 率直に、まぶしい。

 私は目を伏せながら、「ええっと……」と言い淀む。


 笹ヶ瀬ささがせ君には、聞きたいことが山のようにある。

 急に姿が見えなくなった、キツネのこととか。

 おりまりに落ちたはずの私が、どうしておりまりから脱出できているのか、とか。

 そもそも、どうして人気のないゴミ収集所に、笹ヶ瀬ささがせ君がいるのか、とか。

 でも、聞きたいことがありすぎて、何から聞いたらいいのか分からない。


「ところでさ、キミの名前を教えてくれないかな?」


 にこやかにほほ笑む笹ヶ瀬ささがせ君の一言に、私はげんなりした。


「……同じクラスの黒川くろかわだけど」

 ぼそり、と答える私。


 瞬間、笹ヶ瀬ささがせ君の笑顔が凍りついた。


「え、そうなの? ……ごめん!」

 ちょっとダボついたブレザーを揺らして、笹ヶ瀬ささがせ君が大げさに頭を下げた。

「僕! 人の顔と名前覚えるのあんまり得意じゃなくて……! ホントにごめん! 黒川さんの下の名前も教えてくれる? 絶対忘れないから!」


「……ツバメだけど」


「可愛い名前だね!」

 笹ヶ瀬ささがせ君がぎこちなくほほ笑む。

「あのさ、ツバメちゃん、って呼んでいい? 僕のことも、下の名前で『ヒスイ』って呼んでよ、ね?」


「えー……と」

 私は再び言い淀む。

 正直なところ、笹ヶ瀬ささがせ君の、この距離感、私は苦手だった。同じクラスとはいえ、ほぼ初対面の男子からいきなり下の名前で呼ばれるとか。……今日まで空気扱いされてた相手からは、特に。

 まぁ、私はクラスでも浮いてたから、仕方ないかもしれないけども。


「まさか、同じクラスに、がいるなんて思わなかったよ~」

 沈黙に耐えられなかったのだろうか。妙に上ずった声で、笹ヶ瀬ささがせ君がしゃべりだした。


「え……?」


「この学校にも見える人は何人かいるけどさ~。憑かれている人に会えたのは、家族以外じゃ初めてだよ~。今まで気づかなかったのが不思議だけどさ~」


「え、それって……」


「で、ツバメちゃんには何が憑いてるの? 僕にはぼんやり白い影が見えるけど、よくわからなくってさ~? 」


「……ちょ! ちょっと待って!」

 慌てて私は両手を上げる。


 笹ヶ瀬ささがせ君のマシンガントークに、私は文字通りお手上げだった。正直、全然話についていけない。聞き流すわけにはいかないワードがいくつかあったような気もするのに。教室の中の彼、こんなにペラペラ話してたっけ? 普段話をしないから、分からないけど。


「――ごめん、しゃべりすぎた」

 笹ヶ瀬ささがせ君が、ほんのり赤い頬を掻く。

「僕、ちょっとテンションが上がってたみたいだ。うれしくってさ……」


 思いもしない言葉に、私は瞬きした。

「うれしい? なんで?」


「だって、僕ら憑き物仲間じゃん、ね?」


 小さく小首をかしげた笹ヶ瀬ささがせ君の背後の校舎から、場違いなくらいにのん気なチャイムが鳴った。

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