11.ウルトラレア


「仕方が無い。もっと単刀直入たんとうちょくにゅうに聞こうか。

 昨晩、川嶋川かわしまがわほこらから俺のぎょくを盗んだのはお前か? 頑固娘よ」

 カンダチが挑発ちょうはつするように、チヅルに向かってうろこまみれの指をつきつける。


「――あなたが何言ってるのか、私にはさっぱり分からない。でも、あなたが私の知ってる黒川ツバメじゃないってことは、よく分かった」

 いつもと同じりんとした声に、いつもと同じ淡白な真顔。


 ……あぁ、まったくチヅルらしい。

 白ツバメ――もとい、カンダチ――が相手でも、ひるむことなくきっぱりと言うチヅルに、私は舌を巻いた。


「あなた、何者? ツバメとどういう関係なの?」


「おい、質問したのは俺の方だぞ。話を聞かんヤツだな」

 カンダチはガシガシと白髪のポニーテールをきむしった。

「別に、俺とツバメには関係というほど大したものは無い。俺は単に、取り憑いてこいつの体を借りているだけだ。ツバメのやつときたら、予想外に全然協力的ではないからな」


 チヅルの手からぼとり、と傘が滑り落ちた。


「……取り憑く? 体を借りる? ……あなた、ツバメに何をしたの?」

 雨に打たれながら、チヅルが石段をずんずん上ってきた。


「言っとくけど、私の親友に何かしたら、許さないわよ! この、偽物白ツバメ!」

 うなるようにそう言いながら、チヅルは白ツバメの胸倉むなぐらをつかむ。


 チヅルの手の中で小さな雷が炸裂さくれつして、赤い光が辺りに飛び散った。

 火花のような赤い光に照らされたその顔は、いつものチヅルの淡白な真顔じゃなかった。


 形の良い眉をつり上げ、黒い瞳をギラギラ光らせ、口が歪んで歯がむき出しになっている。まぎれもなく、チヅルの怒りの表情だった。

 ウルトラレアだ。


 正直、私は今の――こんなに顔を歪めて怒っている――チヅルの表情は見たことが無かった。三日連続で忘れ物をして泣きついた時にも、いつもの淡白な真顔だったと思う。……めちゃくちゃ小言を言われたけど。


 チヅルの怒りの表情に、私はすっかりひるんでしまっていた。

 ただでさえチヅルは顔が整っているもんだから、余計にすごみが出てる気がする。


 でも、カンダチは違うらしい。

 チヅルからむき出しの怒りを向けられて、胸倉をつかまれているというのに、平然としている。

 それどころか、何かを確かめるようにチヅルの瞳をじっくり眺めている。


「……違うな」

 おもむろに、カンダチがぼそり、とつぶやく。


「違うって、何が?」

 チヅルがうなる。


 無言のカンダチ。

 答えの代わりに、胸倉をつかむチヅルの手を、無造作に払いのける。

 チヅルと白ツバメの手が触れた一瞬、赤い火花がパッと散った。


「もういいぞ、頑固娘。お前に用はない」

 カンダチはくるり、きびすを返して石段を下りていく。


(ちょ、ちょっとカンダチ! どこ行くの?)


 あわてて問いかける私と同時に、チヅルが背後で叫んだ。


「待ちなさい! あなた、まだ何も答えてないわよ!」 


「しつこいな」

 カンダチは振り向きざまに、ひらりと身をかわす。


 どうやら、チヅルは白ツバメを捕まえようと、手を伸ばしていたらしい。

 空振りしたチヅルは、そのままバランスをくずしてたたらを踏んでいた。


 雨の降る石段の上でよろけるチヅルを、カンダチはふっと鼻で笑う。

「これ以上俺の邪魔をするな、頑固娘がんこむすめ。俺は人間に危害を加えたいわけではない。お前がツバメの友人ならば、なおさらだ」


「意味が分からない! ちゃんと説明しなさい!」


「断る。悪いが急いでいるのだ」

 カンダチはそう言うと、低く身をかがめた。


(カンダチ? 何を――っ!)

 私が問いかけた瞬間。

 カンダチは思いきりジャンプした。

 銀色の雨が降る中、白髪のポニーテールをたなびかせ、カンダチが宙を舞う。


 その時、私はようやく気付いた。

 そうか。これ、あれと似てる。体育の時間でやった、立ち幅跳はばとびだ。


 でも、私の記録とは全然違う。

 運動オンチの私だと、大股おおまたで一歩踏み出したほうが、跳ぶよりも良い記録になりそうなんだけど。

 カンダチは笠臣かさおみ神社の石段全部――たぶん、五十段くらいあるのに――を、一跳ひととびでりてみせたのだ。しかも、スマートに着地を決めて、そのまま走り去るのだから。

 これだけ跳べたら、クラスで一番になれる気がする……なんて思った私は、ちょっと感覚がマヒしているのかもしれない。


「ちょっ……ちょっと! 待ちなさい!」

 ワンテンポ遅れて、背後で叫ぶチヅルの声は、もう小さくなっていた。


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る