第46話 実家からの呼び出し

 ある日の休日。冷たい雨が激しく降りそそぐなか、ズボンや靴を濡らしながら実家に向けて歩いていた。こんな雨の日は部屋にこもり動画や漫画を見て一日を過ごすつもりだったけど、たった一件のメールによって野望は白紙になった。


 その内容はーーー『午後2時頃に家に来て』で、時間と場所しか書かれていなかった。これなら行く必要はないと思うのだけど、母さんには逆らえないので二つ返事で返信した。


「せめて用件くらいは書いて欲しかったな…」

「そんな愚痴を溢していたら、燈矢君のお母さんが悲しむよ?」


 ため息混じりのぼやきに、謎の目線で言ってくる雪菜さん。本当は実家には一人で行く予定だったのだけど、準備をしているところを見られ、いつの間にか着替えを済ませて玄関先で待機をしていた。


「俺の味方ではなく、母さんの方の味方なの?!」

「未来のお義母さんになるのだから、味方をするのは当然でしょ?」

「気が早過ぎるでしょ…」


 それは結婚を前提にお付き合いをしている人が言う台詞だから、俺達はまだ遠い未来の話だ。

 そもそも“婚約者候補“が三人もいる時点で、誰が未来のお嫁さんになるのかも分からない。もしかしたら追加戦士みたいなノリで、四人目の候補者を父さんが連れてくる可能性がある。


「外堀を埋めていく戦法だからね!」

「その戦法を当事者に教えたらダメでしょ? 普通は知らないうちに外堀を埋められていて、当事者があたふたする感じだと思うんだけど」

「確かに燈矢君の言う通りかもしれないけど、私は秘密にできない性格だからさ」


 どこが秘密にできない性格なんだろう。俺の記憶が正しければ、いくつかの秘密はあったはずだ。

 それを踏まえての、『秘密にできない性格』と言っているのなら、今すぐにでも秘密にしていることを開示してほしいな。


 ーーーそう言っても、雪菜さんは誤魔化すはずだから無駄なだけなんだけどな。


 肩を竦めながらため息を吐き、雪菜の方に視線を向けて「そうか」とだけ返答をした。


⭐︎


 歩くこと十五分。両親が住むマンションへと着いた。エントランスで傘をたたみ、共同インターホンで部屋番号を鳴らすと、すぐに声が聞こえてきた。


「ちゃんと五分前に着いて偉いわね」

「よく母さんから五分前行動をするように言われていたからね」

「それは母さんとしては嬉しいわね」


 向こうの映像はないから表情は分からないけど、声を聞いた感じ喜んでいることは確かだ。


 すると母さんは、「おやおや」と何やら甘い声色へと変わった。顔が見えないはずなのに、部屋の中で母さんがにやけているのが分かる…分かるぞ。


「なっ…何だよ」

「私は燈矢が一人で来ると聞いていたんだけど、横にいるとても可愛らしい女の子は何なのかな〜?」

「それはーーー」

「お義母様、お久しぶりです。七五三掛雪菜です」


 反論をしようとした瞬間、横から雪菜さんが割って入ってきた。


「雪菜ちゃんとは一カ月振りなのに、あの時よりも随分と可愛くなったわね〜」

「そっ、そうですか? 私としては全然変わっていないと思うのですが……」

「ここのカメラは少し映像が粗くなるんだけど、それでも雪菜ちゃんは輝いて見えるよ」

「ありがとうございます」


 わざわざエントランスのインターホンで、会話しなくてもいいと思うのだけど。家に入れば、いくらでも話すことはできるのに、なぜインターホン越しで会話をするのかな。


 数分程、楽しく会話をしている二人を待っていると、外から住人の一人が帰ってくるのが見えた。

 さすがに見られるのは恥ずかしいので、母さんに開けるように催促することにした。


「母さん。 そろそろ中に入らせてくれよ」

「そうね。 雪菜ちゃん、部屋で待っているわね」

「私もお義母様に会えるのが楽しみです」


 そしてエントランスの扉が開くと、同時にインターホンが切れる音がした。

 エレベーターホールに向かいながら、鼻歌をしている雪菜さんの方に視線を向けた。


「………♪ ーーーなに?」


 視線に気付いたらしく鼻歌をやめ、首を傾げながら視線をこちらに向けて来た。


 ボタンを押して呼んでいたエレベーターが来たので、俺達はエレベーターに乗った。


「迷いもなく雪菜さんはお義母様と呼び、その呼び方に関して母さんは何の疑問を持たずに受け入れていたな、と思って」

「 !! もしかして私が“婚約者候補“選抜で一歩リードした展開なのでは!!」


 三人と一カ月同棲をしたけど、特にリードをした展開はなかったと思う。まあ雪菜さんとは色々とあったけど、それだけでリードしたとは言わない。

 他の二人に関しても、綱嶋さんは乗り気ではないし、瀬倉さんは空回りをしている気がする。


 もはや先程考えていた追加戦士枠を、早急に用意しないと次の展開に行かないのでは、と思ってしまう。まあ平穏に過ごすのが一番なんだけどね。


 ボタン指定をした三階で止まったエレベーターから降り、実家の部屋のある廊下を歩き、部屋の前に着いたら鍵を使って扉を開けるとーーー。


「お帰りなさい」


 と母さんが微笑みながら言ってきた。



 

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