第二章

第40話 突然始まるなりきり芝居

 梅雨の季節は嫌いだ。

 二日間雨が降り続き晴れたと思えば、一週間連続して雨が降り続く時もある。


 自転車通学をしている身としては、雨だけは本当にやめてほしい。ブレザーの上から着るとカッパが着膨れしたり、カバンをビニール袋にしまわないと濡れてしまうからだ。


 窓の外を眺めれば、校庭に出来た水溜りに、大きな雨粒が音を立てながら弾けているのが見える。


 ーーージメジメしているな。

 こうゆう日は、ワイシャツが体に張り付くから嫌なんだよな。もう気持ち悪いの一択。


 そんなことを思っていると、目の前にある席から音が聞こえてきた。視線を向けると、紙崎がニヤニヤしながら、こちらを見ていた。


「…………何だよ」

「窓の外。 降り注ぐ雨。 梅雨の時期。 紙崎、心の俳句」

「…………凡人」


 国語の教科担当や俳句の先生ではないから正しい判断は難しいけど、きっと凡人の判定が下される可能性はある。


 理由として、よくテレビで見る俳句の番組で、似た様な俳句を見たことがある。その時の判定が凡人だったから、紙崎の俳句も凡人になるだろう。


「俺の渾身の俳句が……凡人だと」


 周囲のクラスメイトに配慮をして、拳を机に優しく叩き、判定に納得していない紙崎。


「凡人の人には、赤ペン添削は受け付けておりません。ご了承ください」

「大神先生!! 俺の俳句のどこが悪かったのですか?! 教えてくださいよ!!」

「教える価値がないので、お断りします」

「大神先生!! 僕のことを見捨てないでください」

 

 君の一人称は“僕“ではなく、よく“俺“と口にしていたよね。それは役になりきっていると言いたいのかな。だけど俺には先生にはなりきれないんだよ。


 さて、この状況をどうしたものか。


「大神くーん!」


 この状況を打破する方法を考えていると、横から声を掛けられた。視線を向けると、七五三掛さんが後ろに手を回して立っていた。


「どうしたの?」

「お弁当を食べていたら面白そうなことをしていると思って、急いで食べてきた!」

「そっ…そうか。喉を詰まらせると大変だから、お弁当はゆっくり食べような」


 特に面白いことは何もしていないんだけど、七五三掛さんは一体何を見たんだろう。


「あの…俺のことを見捨てて、二人だけの世界に入らないでほしいのだけど」


 紙崎が小さく手を挙げながら言ってきた。


 七五三掛さんは紙崎に向けて微笑む。


「見捨てていないから安心して、紙崎くん!」

「七五三掛さん…いや、雪菜様!!」

「また呼び方が変わっているよ…」

「あはは…それで二人は何をしていたのかな?」


 紙崎が「はい!俺が説明します!」と大きく手を挙げ、そして七五三掛さんに説明を始めた。


「こちらの大神には俳句の先生、私、紙崎は俳句を習う生徒になりきり、芝居をしていました。ちなみに設定ですが、大神の演じる俳句の先生は人気の講師で、俺はコツを分かっていない生徒です」


 そんな設定があったとか…俺、何も知らないぞ。

 聞いた限りだと、先程演じていた先生役で間違ってはいなかったらしい。自画自賛したくなるな。


「なにそれ! 面白そうなことをしているね!」

「おっ! 七五三掛さんも興味ある?」

「ある!! 私がやるなら何の役になる?」

「………えっ?! 興味津々じゃん!?」


 やる気満々の発言に驚くも、二人の会話は全く止まる気配がなかった。


「そうだな…。 雪菜様は動画配信者だから、超一流に選ばれた生徒役なんてどうかな?」

「そんな…私が超一流だなんて。 他の人に申し訳ないから平凡組でいいよ〜」

「いやいや、雪菜様くらいだったら、超一流でも文句を言う人はいないよ」

「そうかな〜?」


 頭を優しく手で撫でながら、照れ笑いをする七五三掛さん。そして視線をこちらに向けて、「どう思う?」と聞いてきた。


「えっ……」


 突然のことに思わず、変な声が出てしまった。


 超一流の七五三掛さん、か。

 確かに違和感はないけど、ここで大事なのはなりきりの中で俳句が適切であるかになる。それを乗り越えられたら、超一流として認めてもいいになるけど………紙崎はゴリ押しするんだろうな。


「なりきり先生としては、俳句が適切であれば、超一流として認めてもいいかな……と思います」

「なるほど……俳句が出来ていればね」


 七五三掛さんは顎に手を添えて頷く。


 そこに「ちょっと待ったー!」と、手を挙げて異議を唱える人が出てきた。そうーー紙崎だ。


「俳句の良し悪しはなりきりでは意味がないと思います。なので、雪菜様は超一流なのは確定です!」


 言い切ると、紙崎は七五三掛さんに向けてサムズアップをした。それに対して、七五三掛さんもサムズアップで紙崎に返した。意気投合しているよ。


「そうゆうことらしいから、私は超一流になるらしいよ!! 大神君も賛成でいいかな?」

「あれ…急に方向転換していない?!」

「私は美味しい話に乗るのです!」


 腰に手を添えながら胸を張り、ドヤ顔で言ってくる七五三掛さん。


「いつか悪い話に騙されそうだね…」

「その時は大神君が守ってくれるから!」

「俺、頼りかよ…」


 大きなため息を吐いていると、教室の前方から扉が開き、担任の先生が教室に入ってきた。


「LHRを始めるから、皆んな席に着いてねー」


 担任の先生は手を叩きながら、黒板に何かを書き始めた。


「どうやらなりきり演劇は、これで終幕らしい」

「私、まだ何もやっていないのに〜」

「いやいや、先生が来たんだから終わりだろ」

「残念…超一流役やりたかったな〜」


 そう言って、七五三掛さんは自席に戻った。


「次回、俳句の先生が感動をする」


 謎の次回予告を残して、紙崎も自席へと戻った。


「……………っは?」


 何に対して、俳句の先生は感動をするんだろう。

 予想ができないのなら、いまは考えることを放棄しよう。どうせすぐにやる羽目になりそうだしね。


 そう思い、黒板に目を向けるとーーー。


【体育祭の出場選手決めについて】


 と書かれていた。

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