放浪癖の父親が息子の婚約者候補を連れて5年振りに帰って来た。
夕霧蒼
第一章
第1話 放浪癖の父親、婚約者を連れて帰宅
ゴールデンウィーク最終日。
バイト先の喫茶店では、お昼過ぎにも関わらず、店内は満席となっていた。店内を見渡せば、常連客のおばあちゃん集団、子連れの親子、パソコンや読書をしている人がいる。厨房の方に目を向ければ、店長と先輩が雑談をしていた。
俺ーーー大神燈矢はレジの対応なのだが、いまはお客様がいないので暇な時間を過ごしている。
本当に暇だ。店長と先輩の会話に参加をしてもいいのだけど、途中参加だと話についていけるか分からない。しかし何もしないとなると睡魔が襲ってきそうなので、店内の方へと耳を傾けることにした。
「ここ数ヶ月は値上げが多くて嫌だね」
「ほんとね〜 お野菜で五百円の値札をついているのを見て驚いたわよ」
「少し大変だけどいろんなスーパーを回っているのよ。少しでも安く済ませるために」
「わたしもよ」
おばちゃん集団は周囲にも聞こえる声量で値上げラッシュについての話をしていた。
確かにここ数ヶ月の値上げラッシュはかなり経済的にきついところがある。喫茶店でも提供している料理に使う材料のほとんどが値上げ対象なので、メニューの値段設定を考える必要がある。
だけど、店長としては値上げせずに頑張ってやっていきたいと考えているらしい。難しい話だね。
「魔法少女の映画面白かったー!」
「よかったわね〜」
「パパは何色の魔法少女がカッコよかった?」
「そうだな…パパはねーーー」
子連れの親子の方の話し声も聞こえてきた。
どうやら現在公開中の魔法少女の映画を見てきたらしい。子供の手には魔法少女に変身するための変身道具を持っていて、お父さんにキラキラの視線を向けていた。そんな様子をお母さんは優しい笑みを向けながら見ていた。仲が良い親子だな…。
「大神くん、サボっていたらダメだぞ〜?」
そんな子連れ親子から窓の方へと視線を向けて外を眺めていると、先輩が声を掛けてきた。
その奥では店長は別の作業を始めていた。
「先輩だって先程まで店長と雑談していましたよね。そっくりそのままお返ししますよ」
「これは一枚上手で返されたね」
右手を首に当て、そして苦笑した。
「それで大神くんは何をしていたの?」
「お客様の会話を聞いていたり、外を眺めたりと色々していましたよ」
先輩はチッチッチと指を振り、口を開く。
「外を眺めたりするのはいいけど、お客様の会話を盗み聞きするのは感心しないな〜」
先輩の言いたいことは分かる。お客様の会話は完全なるプライベート。それを盗み聞きするのは良くないことだと。なら、ここでの返答は。
「…………ただ耳に入ってきただけです」
これが正解のはずだ。耳に入ってきただけなら、盗み聞きにもならないし、ただ聞き流しているだけになるから。普通に誰かに話す気もないけど。
その証拠にーーー。
「それなら仕方がないね」
そう言いながら、先輩は首を縦に振っていた。
「それで先輩は何か用があって来たのですか?」
基本的に注文された料理を作るのが先輩の担当だ。店長はドリンクやデザートの係。そんな先輩が厨房から離れてレジの方に来るとなれば、話がある以外何も思い付かない。単純に用がなくても来る可能性があるのも捨てられないけど。
「用はないかな」
後者の方だった。
「なら、持ち場から離れていいのですか?」
「大丈夫だよ。店長からも暇な時間だから大神くんと雑談してきていいよ、と許可貰えているから」
ピースをしながら笑顔を向けてくる先輩。
店長の方に目を向ければ、こちらの視線に気付いたのか、店長が小さく頷く。
「なるほど…。 まあ店長がいいと言うのなら、俺は何も言いませんが」
「あまり乗り気じゃないね〜? そんなに先輩の私と話をしたくないのかな?」
「そんなことはありませんよ」
ただ先輩との会話は最終的には『好きな人はいないの?』に辿り着くから、いつもと同じ会話をしても意味ないと思っているだけ。
とはいえ、本人を目の前にして、そんなことは言えないので否定はしない。
「なら、お客さんが来るまで話をしよっか」
「そうですね」
店内は満席なので新規のお客様は来ることはないだろう。だけど既に食べ終えている人もいるので、その人が片付けをして店内を出れば、新規のお客様が入店してくるのは当然の話。時間の問題なのは目に見えている。
「それで何の話をするのですか?」
「大神くんの私生活の話?」
「質問に対して質問で返さないでくださいよ。 それに俺の私生活の話を聞いたところで、何も面白いことはありませんよ?」
「そうなの?」
「そうです」
確かに周囲の人達にプライベートの話はしない。
その為、一部の学校の人には謎多き人間とか思われている可能性はある。勝手な憶測だけど。
「じゃあさ、大神くんの家族構成!」
「…………どうして?」
「その沈黙はやめてよ〜」
嘘泣きをしつつ、こちらをチラチラと見てくる先輩。嘘泣きだと分かっているので無視をする。
全然反応してくれないと思ったのか、先輩は小さくため息を吐くと言葉を続けた。
「そーゆう訳だから、家族構成カモーン!」
先輩は手のひらをひらひらさせながら、こちらに向けて挑発してきた。
少しだけイラッとする瞬間があったが、次の瞬間にはそのイライラは消えていった。
「…………っあ」
先輩が小さく言葉を溢す。
その視線の先には片付けをするお客様がいて、そして扉の方には入店しようとするお客様がいたからだ。ということはーーー。
「話は終わりですね」
僅か、数分の先輩とのトーク時間。
だけど先輩のおかげで暇な時間を潰せたし、何なら来そうになっていた睡魔も消えた。
そんな先輩だが、視線を向ければ頬を膨らませて何か気に入らない雰囲気を出していた。
「ぜっーたいに聞き出すんだからね!」
こちらに指を向けながら宣言すると、先輩は厨房の方へと戻っていった。
それから新規のお客様の対応をし、入れ替わる客席を眺め、そしてまた新規のお客様の対応をしていたら、あっという間にバイトの終わり時間を迎えていた。既に店内にはお客様の数は少なく、先輩は一時間前には帰路に着いて、交代で入ってきた先輩が厨房で料理をしていた。
スタッフルームに行き、制服から私服へと着替え、そして部屋から出る前にスマホを確認すると『母親』とメールが来ていることに気が付いた。
ーーーこんな時間にメール?
基本的にバイト終了時間の夕方にメールをしてくることはない。あるとしたら、何か急用や想定外のことが起きたことになる。だけど母親は周囲に癒しの笑顔を向け、周囲の人達が(勝手に)助けてくれるという謎の特殊能力持ち。そんな母親がメールをしてくるとなるとーーー怖いな。
そんな疑問を持ちながらメッセージを開くと、
【………やばい。父さん、帰宅。婚約者連れて】
母さん…語彙力がどうかしているよ。
よし。まずは一つずつ理解していこう。
最初に『やばい』だけど、これに関しては「やばい」のままでいいだろう。だって「やばい」を変換することなんてできないのだから。
そして『父さん』だけど、マジか。
一言でいえば、俺の父さんは家にいない。いや、いるのだけど、家に帰って来ない。いわゆる、放浪癖がある父親なのだ。そんな父さんが帰宅したとなるとーーー5年振りじゃないか?!
ーーーうん、やばいな。
最後に『婚約者を連れて』になるのだけど、これに関しては思わず、「はっ?」と小さく言葉を溢すほど意味が分からなかった。
そもそも父さんは母さんと結婚をしている。それなのに婚約者を連れて帰って来たとなると、母さんは怒るのも時間の問題。数年経っても父さんの女たらしぶりには呆れてしまう。
ーーー早く帰って確認しないとだな。
そもそもあいつ一人には荷が重すぎるし。
そう思いつつ、スタッフルームを出て、店長に一言挨拶してから、自転車で自宅まで急いで帰宅した。いつもなら片道二十分掛かる道のりも、何故か十分で着くという驚き。ちゃんと道路交通法を守っての十分だから奇跡に近い。
駐輪場に自転車を置き、エレベーターで3階に上がり、自宅の鍵を開けるとーーーリビングの方から聞き覚えのある声が三つと、聞き慣れない女性の声が聞こえてきた。
下に目を向ければ、そこには母さんの靴、妹の靴、父さんの思われる男性用の靴、そして家族内では見たことがない靴が三足。
靴を脱ぎ、俺はゆっくりと廊下を歩き、リビングに続く扉に手をかけてーーー開くと。
「おー、久しぶりだな燈矢! 元気だったか? 父さんは見ての通りとーっても元気だぞ!」
5年振りに帰宅してきた能天気な父さん。
「お帰りなさい。何か飲みたい物はある?」
メッセージの時と打って変わり、とても落ち着いた雰囲気を見せる母さん。
「お兄ちゃん、これはやばいよ! もう美少女が三人も来て、玲香は満足だよ!!」
何故か興奮している妹の大神玲香。
その妹に釣られて視線を向けるとーーー三人の女性がこちらにぺこり、いや正確には二人はぺこりとお辞儀をして、一人はジーッとこちらを眺めている。
ーーーこれは夢なのか。
そう思うのも仕方がない。
何故なら、目の前にいる三人の女性は俺が通っている高校の同級生で、さらに言えば、よく話題に上がるほどの人物だったからだ。
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