禅寺暮らしのエルフさん

あかべこ

エルフさんとけんちん汁:前

わたしがこの未知の場所に落ちて何日経っただろう?

もうすぐ日暮れ時の町ではそこかしこから食事の支度の匂いがするが、その匂いはみな肉や魚の匂いである。

「……きもちわるい」

エルフにとって動物性食品は呼吸困難や血圧低下を引き起こす毒物だ。

そんな匂いがそこかしこからするという事は動物性のものを食べて生きる人間の国であるという事はすぐに分かったし、街中に散らばる丸っこい文字や直線的な文字でここが私の知らない場所であることも分かった。

だからこそ私は不用意に飯屋に入る事が出来ず、店の売り物を盗むほどの悪に堕ちきる事も出来ず、何日も彷徨い続けていた。

ガクッと足の力が抜ける。

(ああ、私はここで死ぬのか)

どうせなら死ぬ前に暖かい汁ものでも飲みたかった。そんな思いが脳裏をよぎっていた。


****


トントンと遠くに包丁の音がして、かぐわしい香りと共に目が覚めた。

純白の天井にはまるい明かりが据え付けられて部屋を明るく照らす。

「ओकीमासिटाका?」

近くの椅子に腰を下ろして何かの帳面と向き合っていた短い黒髪の小柄な青年が私の目覚めに気づいて声をかけた。

柔らかな長椅子に横たわっていた私の体には薄いタオルがかけられており、身体も軽くであるが清められている。

小声で翻訳魔法をかけると彼はやかんからなにかを入れて私に渡してきた。

「僕は佐野三成と申します、このお寺の末息子で門前に倒れていたあなたを救護させてもらいました。白湯なのでよかったら呑んでください」

身振り手振りを交えながら私に白湯を勧めてきたのでいちおう鑑定魔法をかけるとやはり純粋な白湯のようだ。

見た目の印象は若いというよりも幼いという雰囲気で、穏やかな雰囲気や仕立てのいいシャツに育ちの良さを感じる。

「ありがとう」

「日本語話せるんですね、お名前お聞きしてもいいですか?」

「エルシア。見ての通りサナリア王国の北の森から来たエルフだ」

「さなりあおうこく?」

私の生まれ育った故郷の名前を不思議そうにおうむ返しした彼は純粋に知らないという印象を受ける。

アルディア大陸でそこそこの教育を受けてきたで子供であれば楽興で習うはずのサナリア王国を知らないという事は考えにくい。

(となるとここは未発見の大陸なのか?)

「えーっと、ここは何という大陸のなんという国だ?」

「日本ですね、大陸には属していなくて島国です」

彼は小さな薄い板を見せてくると「この国の地図です」と見せてきた。

その地図は軍事機密になってもおかしくないほどに精緻で明瞭、しかも一つ一つの建物の形や名称まで記載されてた分かりやすいしろものであった。

「こんなに薄くて小さな地図が?しかも魔導反応が無いだと?」

その時は私はある可能性にたどり着いた。

「……ここは異世界なのか?」

子どもの頃寝物語りに聞いた異世界からの勇者の物語、その勇者の故郷は魔法なしで高度に保たれた文明を誇ったという。

もしそうならば私はとんでもない所へ来てしまったのかもしれない。


ぐぅぅぅ。


私の腹が大きく鳴り響いた。

「お腹空いてますよね!今何か作りますね!」

「あー……その、悪いのだが、私の食べ物には一滴も動物性のものを入れないで貰えるだろうか?」

これを言うと人間はいつも面倒そうな顔をする。

しかしこちらとしても自分の命にかかわるのでそう頼む他ない。

「大丈夫です、いつも作ってますから」

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