第2話「私の誕生日は、悪役令嬢にとっての命日」

(まだ、夢でも見てるのかも)


 部屋に置かれている物の配置が換わっていないことに安堵して、再び目を閉じようとしたときのことだった。

 悪役令嬢が登場する乙女ゲームが並んでいるはずの棚に異変が起きていることに気づいて、眉をひそめた。


(え? 何、これ? 誰の本……)


 棚に並んでいるのは辞書のように分厚い書物で、どれも見慣れないものばかり。

 自分の部屋にはシンプルなデザインの家具が置かれているはずなのに、今はアンティーク調の豪華な家具が並んでいることに不安を感じ始めた。


「鏡っ」


 自分の全身を確認できるくらいの巨大な鏡が部屋に置かれていることに気づいて、この部屋は明らかに自分が住んでいたアパートではないと確信する。


「この姿……」


 鏡に映る自分の姿が黒髪という共通はあっても、長さある髪はきちんと結われている。

 学生時代の使い古された体操着ではなく、伝統的な白いエプロンに黒を基調としたデザインのメイド服。

 手で触れ、質感を確かめるけれど、そこに馴染みなんてものは生まれてこない。

 でも、鏡に映る自分の姿には、うっすらとした見覚えがある。


「アリナ!」


 私が悪役令嬢シャロットを救おうとしていた乙女ゲームには、シャロットに仕える侍女の少女がいた。

 モブキャラすぎる侍女なんて記憶にも残らないのが普通だけど、私が侍女のことを覚えていたのには理由がある。


(名前が同じ甲斐があったかも!)


 前世の名前と、シャロットに仕えるモブキャラの名前が同じだったことで、私は悪役令嬢の侍女に転生するという幸運を引き当てたのかもしれない。


「まずは、時刻を把握……」


 ゲームの中では日付が変わるたびに、クマをモチーフにしたマスコットキャラが時間の経過を教えてくれた。

 転生後の世界ではマスコットキャラが登場するのではなく、部屋にぬいぐるみとして存在している。

 そのぬいぐるみが手にしている黒板のようなものはアナログ的な造りをしているのに、黒板に表示されている時刻は先へ先へと数字が切り替わっていく。


「嘘……」


 時刻が先へ進んでいくことには、何も問題はない。

 問題は、黒板に表示されていた時刻が『2月28日午後4時』を示していたこと。


「2月28日……シャロットの断罪日……」


 私はゲームの冒頭に転生してきたのではなく、シャロットの断罪日に転生してきたことに気づく。


(早くシャロットを探さなきゃ)


 ゲームの中では、アルスター魔法学園での一年間が描かれている。

 悪役令嬢のシャロットが断罪されるのは、どのルートを選んだとしても卒業間近。

 ゲームの冒頭から始まるなら、まだシャロットを救うために動き回れたかもしれない。でも、予定は大きく狂わされた。


(待ってて、絶対に助けてみせるから)


 部屋を出て廊下に出たけれど、広々とした廊下には誰一人として姿が見えない。

 慎重に歩みを進めていくけれど、どこにも人影がない。

 まるで時間が止まってしまったかのような静けさに戸惑うけれど、ここで歩みを止めている場合じゃない。


(学園に牢獄なんてなかった……)


 転生した直後、傍に仕えるべき主の姿はなかった。

 今日が悪役令嬢の断罪日である2月28日だとしたら、既にシャロットは囚われの身ということ。

 情報を整理することはできても、そこから先が手詰まりだった。


(ゲームの中の断罪シーンなんて、たったの二、三行……)


 乙女ゲームは攻略キャラとの恋愛を楽しむのがメインであって、悪役令嬢の断罪シーンなんてほとんど描かれていない。

 悪役令嬢が、どこで断罪されたのかという肝心な情報を私は持っていない。


「っ」


 外では風が強く吹き荒れているらしく、硝子窓がガタガタと音を立てたことに思わず怯えた。


「やっと、この日が来ましたわね」

「これで平和な日々が訪れるんですね」


 やっと生徒の声を聞くことができたと思って振り向くと、彼女たちは中庭へと駆け抜けていった。

 名も知らぬ彼女たちが行く先に目を向けると、学園の中央広場には多くの生徒たちが集まっている光景が視界に映った。


「待って……」


 私の横を通り過ぎて行った彼女たちの目は異様なくらい輝き、なぜか期待と興奮が入り混じった表情を浮かべていた。

 この狂気に満ちた表情を、私はゲームの中で何度も見かけたことがある。


「待って、待って、待って!」


 私の叫びを拾い上げてくれる人は現れない。

 私も生徒たちの輪に加わるために、中央広場に繋がる扉を抜け出した。

 そして、広場の中央に設けられた豪華な舞台に言葉を失う。


「彼女の悪行は、許されるものじゃない」


 灰色の空が広がり、冷たい風が吹き荒れる学園の中央広場には悪意あるざわめきが広がっていた。


「ええ、あの悪役令嬢が断罪されるのを、ずっと待ち望んでいました」

「やっと、やっと報われますね」


 聴覚が、期待と好奇心が滲んだ生徒たちの声を拾う。

 心臓が激しく動いているのは気のせいだって思い込みながら、一歩、一歩、着実に足を進めていく。

 人混みを掻き分けながら、主の元へと向かう。


「どうして……」


 目の前に広がる光景を疑った。

 そこには、断罪の舞台に立たされる悪役令嬢シャロット・レトナークの姿。


「お嬢様っ! シャロットお嬢様っ!」


 拘束された悪役令嬢の髪は、ゲームのときと同じく燃え盛る炎のように鮮やかな赤で彩られていた。

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