そして彼は、こう言った

 彼の最後のポストは2時間前。今日もまた、街の市場が砲撃を受けているという。

 バイクで走り回っているのだろう。エンジン音とともに激しくブレる画面。次々に崩れ落ちる建物。市場を逃げ惑う人々の姿。転がり落ちて砕ける野菜や果物。

 その動画を最後にポストはなく、DMに既読もつかない。


 彼は砲撃が始まった時は生きていた。今、この瞬間は……どうなっているのかわからない。調べる手段もない。


――初めまして、私はアーメッド。シリアの街から話しています。アサドとロシアに破壊された。


 数年前、断食月ラマダンが始まったばかりの頃に送られてきたダイレクトメッセージは、そんな言葉で始まっていた。

 それまで全く縁のなかったアカウント。なぜ私に送ってきたのか、正直に言えば今でもよく分からない。


 はっきりしているのは彼が東グータ出身であること。化学兵器虐殺を目撃し、本人も頭に重傷を負ったこと。兄がワグネルに惨殺されたこと。


 故郷を追われ、遠く離れたアレッポ県で記者になったという彼は、「世界が私たちに何が起こっているのかを見ることができるように助けが欲しい」と言っていた。

 しかし、一介の泡沫アマチュア小説家にそんな力はなく……新聞社やテレビ局に勤める同級生に連絡をとってみたものの、一笑に付されて終わった。


――反アサドのイスラーム教徒はISISやアルカイダよ。過激派原理主義のテロリストが自作自演で騒いでるだけ。


 返信のあった某社のディレクターは、どこぞの教授のようなプロパガンダを本気で信じていた。

 民間救助隊であるシリア民間防衛隊ホワイトヘルメットについての荒唐無稽でおぞましい噂話まで持ち出され、耐えきれずに私の方から連絡を絶った。

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