第26話
「おじさん、私をここから連れ出してくれるの?」
エリンがそう言った瞬間、私の心は震えた。
彼女の小さな声は、まるで遠い記憶の中から響いてくる旋律のようだった。彼女の瞳には、孤児としての寂しさと、どこか遠くへ行きたいという淡い希望が宿っている。
私は膝をついたまま、彼女の顔をじっと見つめた。風が彼女のぼさぼさの髪を揺らし、ボロ布のような服がその小さな体を包んでいる。それでも、彼女は美しい。私にとって、彼女はどんな宝石よりも輝いている。
その言葉に、私は一瞬言葉を失った。彼女の声は無垢で、純粋で、そして私を信じているかのようだった。何度も繰り返した人生の中で、彼女が私にすがる瞬間は何度もあった。
だが、この「始まりの地」での彼女は、まだ私を知らない。ただの疲れ果てた騎士に過ぎない私を、彼女はなぜか頼ってくれている。その信頼が、私の胸を締め付ける。
私はゆっくりと立ち上がり、彼女に手を差し伸べた。私の手は戦いで硬くなり、傷だらけで、決して優しいものではない。それでも、彼女がその手を握ってくれるなら、私は全てを捧げて彼女を守るだろう。私は低い声で、しかし確信を持って答えた。
「ああ、どこへだって行こう。」
その言葉は、私の魂から溢れ出た誓いだった。どこへだって。剣と魔法が飛び交う戦場だろうと、静かな森の奥深くだろうと、果てしない砂漠の向こう側だろうと。彼女が望む場所なら、私は彼女を連れて行く。
この小さな少女が笑顔でいられる場所なら、どんな困難が待ち受けていようとも、私は剣を手に立ち向かう。
エリンは少し躊躇うように私の手を見上げたが、やがてその小さな手を私の掌にそっと置いた。彼女の手は冷たく、か細く、まるで壊れ物のように感じられた。私はそっと、だがしっかりとその手を握り返した。この瞬間から、私の人生は再び彼女と共に始まるのだ。
「エリン、お前がどこに行きたいか教えてくれ。山の向こうか、海の彼方か、それとも星がよく見える場所か。どこでもいい。お前が笑っていられる場所なら、私にはそれで十分だ。」
私は彼女を引き寄せ、村の外へと一歩踏み出した。背後には彼女が孤児として過ごした寂しい日々が残り、前方にはまだ見ぬ未来が広がっている。彼女が私の隣にいる限り、私は恐れない。彼女が私の手を握っている限り、私はどんな運命とも戦える。
「さあ、行こう、エリン。私とお前で、新しい物語を作ろう。」
そう言って、私は彼女と共に歩き始めた。私の傷だらけの体は重く、剣は錆びついているかもしれない。それでも、心は軽い。彼女がいるからだ。私のエリン、私の希望が、ここにいるからだ。
あなたはもう生まれ変わらない。あなたの人生はこれきりだ。
始まりの地に戻り、まだ無垢なエリンと出会ったあなたはこの世界で二人で幸せを築くのだ。
私の胸に響くその言葉は、まるで長い旅の終わりを告げる鐘の音のようだった。
「もう生まれ変わらない」
何度も何度も繰り返した輪廻の鎖が、今ここで断ち切られたのだ。
私はサー・ガレン、幾多の戦場を駆け抜け、幾多の人生をエリンを求めて彷徨った騎士。この「始まりの地」が、私の最後の舞台となる。そして、それは私にとって何よりも幸福な結末だ。
エリンの小さな手が私の掌に収まっている。彼女はまだ魔法を知らず、ただの孤児としてこの村で生きてきた少女だ。彼女の瞳には、私を知る記憶はない。だが、それでいい。これまでの人生で、彼女との別れがどれほど私の心を切り裂いたか。
彼女を失うたび、私は自分の無力さに打ちひしがれ、絶望の中で次の生を待った。そんな苦しみが、もう終わるのだ。この人生が最後なら、私は全てを彼女に捧げよう。彼女と共に生き、彼女と共に笑い、彼女と共に幸せを築く。それが私の最後の使命であり、最大の願いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます