第59話 明羅の企み

 「明羅、また松華殿を困らせているようですね」

 

 腹違いの姉の厳しい声にムッとした。

 半分とはいえ血の繋がった姉妹の明羅より、他人の松華の肩ばかりを持って、気に入らない。


(せっかくあんな田舎から来てお妃さまになったのに、全然楽しくないじゃない!)


 誰も彼もに監視される宮廷での暮らしは、故郷の湘河国よりずっと不自由だ。

 

 たった数ヶ月前、黄秋児こうしゅうじだった頃が懐かしい。

 

 母は、故郷の長官の屋敷の召使い。

 だがある日、前長官の楊騏永が、父だと言って現れて、「明羅」という名前をくれた。

 

「わたしはあの楊騏永様の娘! 楊明羅よ!」

 

 そう言えば、秋児を馬鹿にしたいじめっ子も、母を蔑んだ町の人間も、秋児を、いや楊明羅を恐れた。

 

「由由! 鞭を持って来なさい」

 

 口ごたえをしたり、陰口を言う者は、容赦なく鞭で打ってやった。

 故郷では、騏永の子の明羅に逆らう者はいなかった。

 なのに、だ。

 

「あの女ときたら、妙な女官を寄越して、わたしに嫌がらせをするのです。

 きっと殿下の心をわたしに奪われないか不安なのです」

 

 教育係の嶺松華は、辛沈恵という中年の女官を置いていった。

 この辛沈恵、年寄りで、とにかく小うるさい。

 足音を立てるなとか、大きな声を出すなとか、下品な笑い声をたてるなとか、いちいち、いちいち、明羅のやることなすこと、全てに一日中でも文句をつける。


 その上、毎日昼すぎには嶺松華もやってきて、手習いをさせられる。

 松華は、自分は普段男のような字を書く癖に、明羅の字を下手だの、汚いだのと酷評する。

 

 四六時中、一挙手一投足をあげつらわれる生活に明羅はうんざりしていた。

 

 しかし若麗は、そんな明羅の話を聞いても、ちっとも同情を示さない。それどころか――

 

「松華殿は、そんなお方ではなくてよ」

 

 冷たい一言で、また無言の時間に戻った。

 

 無言の室内に、女官が、父の楊騏永がやってきたと告げた。

 

「おや、来ていたのか、明羅」

 

 部屋に入ってきた父が、自分から目を反らしたのを、明羅は見逃さなかった。

 

「まあ父上、こちらへ――」

 

「いや、皇后陛下の顔を見に来ただけだ。息災なら、それで……」

 

 父は、そそくさと出て行ってしまった。

 

 父が、本当は自分のような娘を認めたくなかったのを、明羅は気付いている。

 だから、姉の若麗のように、父に認められる娘になれるように、あの小姑のような嶺松華のいびりに耐えているのに、その事を、誰もわかってくれない。

 

 父と入れ違いで、若麗の腹心の女官が深刻な面持ちで入ってきた。

 何かを若麗の耳元で囁く。何か内密の情報を入手したらしい。

 

 話を聞いた若麗は、なぜだかほっとしている。

 

「松華殿は、子が成せぬ身体かもと弱音を吐いていたくらいだもの……」

 

 いいことを聞いた!

 皇子が側室を置くのは、多くの世継ぎを得るためだ。

 

 子ができないなら、嶺松華が紫瑶の側室である意味はない。

 このことを明らかにして、あの年増女の鼻をあかしてやろう。

 

 立場の上下をわきまえられない、心根の腐った側室など、あのいじめっ子たちのように、明羅が宮中から叩き出してやる。

 

 明羅は急いで若麗の部屋を退出し、父を追いかけた。

 

 回廊を渡る父の袖を掴む。

 

「お父さま、わたし、いい案を思いつきました。嶺松華を宮中から追い出す方法です。わたしにお任せください!」

 

 これできっと、父も自分のことを、心の底から娘だと認めてくれるはずだ。

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