第46話 作戦会議

 若麗の言葉通り、緋琬は翌日帰還し、夜には四人だけのささやかな酒宴が催された。

 王花宮おうかきゅうの一室で、松華と紫瑶、緋琬と若麗が円卓につく。

 

「兄上、此度の遠征もお疲れ様でした」

 

 紫瑶が、隣に座る緋琬の杯に酒を注いだ。

 

「ご無事で何よりです。若麗殿も、緋琬様の身を案じておられましたよ」

 

「まあ、松華殿ったら。止めてちょうだい」

 

 宴は和やかに進んだ。そして夜も更け切った頃――。

 

「陛下の体調が、あまり、よろしくないようです」

 

 話を切り出したのは、楊若麗だった。

 

「皇后はなんと?」

 

「いつもの発作だと」


 現皇帝は幼い頃から病がちで、持病の発作を起こすとしばらく寝付いてしまう。

 しかし、若麗から見ると、後宮がどこか物々しく、よからぬ気配を感じているのだという。

 

 皇帝が亡くなれば、帝位は皇太子である緋琬のものになる。

 そして、皇太子は若麗の生んだ男児に。

 

「皇后が、黙って兄上の即位を見ているはずがありませんね。ただでさえ、私が陛下に代わって政を行うのに反対していますから」

 

 紫瑶が苦笑した。

 宮廷では、摂政の紫瑶と、地方の長官たちを味方につけた西家で、連日激しい対立が起こっている。

 

 西家派は、ことごとく紫瑶の行おうとする政策に異を唱えているのだ。

 先日も、飢饉の起きた地域へ、他の地域から物資を援助させようとしたら、無理だと断られた。

 

 その筆頭が、甘義国かんぎこくの長官の西庚喫せいこうきつだ。

 

 甘義国では、山脈の向こうの西亶せいたんが領土を広げている影響で、戦火から逃れる移民が多く流入している。

 その対策で手一杯で、物資を供出する余裕はないと言う。

 

 他の地方の長官にも掛け合ったが、どういう訳か、今まで西庚喫を煙たがっていた者まで、彼に同調する始末だ。

 

「今、一番御身が危ういのは緋琬様とお子様です」

 

 若麗が、ぎゅっと袖口を握る。その背中に、緋琬がそっと手を添える。

 

「……しばらく遠征は控える。政のことは、どのみちお前に任せることになるがな。頼んだぞ、紫瑶」

 

「……」

 

 紫瑶は、杯を傾けながら、俯き加減にその揺れる水面を見ていた。

 

 彼に代わって、松華が答えた。

 

「紫瑶さまも、いつまでも西家と対立はできません。

 官僚の中にも、西家と通じている者は多いのです」

 

「……」

 

 緋琬が言葉を失った。

 

 今までが、戦でいない皇太子や病身の皇帝に代わって、紫瑶が万事穏便にことを治めすぎていたのだ。西家と寧家、楊家の三つ巴を上手く制して西家を抑え込んでいただけに、その一角が失われてしまった揺らぎは大きい。

 

 寧家の消滅により、皇后が本格的に西家に取り込まれ、結果として西家の増長を招いてしまった。

 

 今までは紫瑶一人で御していたものが、彼一人ではどうしようもないくらい大きく育ち、隅々に根を張ってしまった。

 

「ではどうすれば……。紫瑶殿と、緋琬様、そして我が楊家でも、西庚喫には対抗できないのでしょうか」

 

 紫瑶が静かに首を横に振る。

 楊家は瑞の古い文官の家系で、今でも多くの官僚を輩出している。しかし、楊家の縁者であっても、西家になびいている者も多いのが現状だ。


 重い空気を吹き消すように、松華は切り出す。

 

「西家について、一つ、気になる話を掴んでいます。

 この件は、わたくしに預けていただけませんか。

 もしかすると、西庚喫らを排するだけの情報を掴めるやもしれません」


 若麗と緋琬が頷く。

 紫瑶も、他に術がないと知っているので、何も言わない。

 

 そして、確たる策を見つけられないまま会談は終わった。

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