女魔神は魔王より偉い? 何? 王より神の方が偉いよねだって?

フィステリアタナカ

女魔神は魔王より偉い? 何? 王より神の方が偉いよねだって?

 僕の名前は竹中タケオ。今度、中学三年生になる。今日は参考書を探しに町はずれの古本屋に来ている。


(参考書を見て受験計画を立てないと。もっとお小遣いがあれば新品を買うのにな)


 店の中に入ると中は静かで、奥には店主らしいお婆ちゃんがコクリコクリと頭を揺らし、うたた寝をしていた。まあ、お目当ての本が見つかったら起こしてあげるか。


(どこにあるかな?)


 本棚を一通り見てみたが、お目当ての参考書は無い。その代わりに表紙に変な文字が書かれている使い込まれた本があった。僕は何の本だか気になったので、その本のページをおもむろに開いた。


(ん? 魔方陣?)


 円の中に幾何学模様の様な図形を細かく見ていると、急に薄紫色の光が浮き出て、中から白い靄の様なものが飛び出てきた。白い靄は色を変え、人の姿になって僕を見て言う。


「ふぉふぉふぉ。わらわを呼び出したのはか?」


(え? 何だこれは。マズいことをしちゃったか)


「あの、その」

「ほう。お主はと言うんじゃな?」


(違います。竹中です)


「あなた誰ですか?」

「ふぉふぉふぉ。わらわか? わらわは魔神ピンフじゃ」

さんですね?」


 ピンフと名乗った人物は「あっ」という顔をしたあと、僕に言った。


「お主。今わらわの名前を言ったじゃろ?」

「そうですが」

「わらわの名前を呼んだら契約が成立して、今からわらわはお主と一緒にいることが決まったのじゃ」


(大迷惑なんですけど)


「そんな困ります。契約しないんで帰ってください」

「ん? 帰る? 誰がどこに帰るのじゃ?」

「ピンフさんが元の場所にです」

「ふぉふぉふぉ。それはできぬのじゃ。魔王に責められ逃げて来たから無理じゃ」


(ほう、魔王にですか)


「そうですか。魔王にですか」

「そうじゃ。魔神のわらわの方が偉いのに魔王が大事にとっておいた甘い物を食べたら怒られたのじゃ」

「魔神が魔王より偉いですか?」

「ん? 人間の世界では神は王より偉いじゃろ? だから魔神は魔王より偉いのじゃ!」


(なるほど、そういう理屈か。でも人のもの勝手に食べちゃダメでしょ)


「そうなんですね。でも、人のもの勝手に食べたんだから謝った方がいいですよ?」

「いつも謝っているのじゃ! でも今回は許してくれないのじゃ」


(いつも甘い物勝手に食べているんですね。常習犯だと)


 僕は溜息をついて、店を出ることにした。


「主。どこへ行くのじゃ?」

「言わない」

「ほほう、そうなのか。ならば仕方あるまい。こちょこちょの刑にして吐かせるのじゃ」

「そんなんじゃ言わないよ」

「ん? そうなのか? こちょこちょの刑はくすぐったくて我慢できぬものぞよ」


 この店に来るんじゃなかった。僕は激しく後悔した。


(ああ、そうだ)


「ピンフ」

「ん? 何じゃ?」

「向こうに山が見えるでしょ? あの山には沢山甘い物があるから行ってみれば?」

「おお! 主、ありがとなのじゃ! 誰かに取られる前に行ってくるのじゃ!」


 こうして僕はピンフを騙し、家へ帰るのだった。


 ◇◆◇◆


「ただいまぁ」


 僕は家に着き、リビングへ向かう。リビングでは母親がテレビを見ていた。


「おかえり」

「参考書見つからなかったよ」

「そうなの? 参考書なんて買わなくてもいいでしょ?」


(母さん、行きたい高校があるから今勉強しないと間に合わないんだよ)


「あっ、そうだタケオ。お小遣いなんだけど、来月からパパと二人合わせて合計五千円でいいわよね?」


(父さんと二人で五千円? 父さん五千円じゃ足りないでしょ? 僕は実質お小遣い無しなの?)


「何でなの母さん? 五千円じゃどう考えても父さん無理でしょ」

「仕方ないでしょ。来月からママ、FX為替取引の勉強サークルに通うから、会費を考えるとお金足りないのよ」


(それ一家破産するケースも考えられるやつじゃん)


 僕は呆れて何も言えなかった。ピンフの件といい、ガックリしたまま部屋へ向かう。「先輩から参考書のお古をもらえればいいんだけど」と思いながら扉をあけると、


「ふぉふぉふぉ。主、待っていたのじゃ」


 ピンフがいた。


「ピンフ、何でいるのよ?」

「ん? 甘い物がある場所見つけられなかったから、他に無いか主に訊こうと思ってな」

「よく探してないんじゃない? だから手っ取り早く僕に訊こうと」


 ピンフは視線を外し天井を見る。かつ唇がとがって口笛を吹いている様子だ。


「♪ そんなことは無いぞよ♪」

「図星だろ」

「そんなことはいいのじゃ! 主の持っている甘い物を早く寄越すのじゃ!」

「無いよ。ちゃんと探しに行ったらどうなの?」

「ぐぬぬぬぬ。甘い物を寄越すまでここに住み着いてやる」


(それは困る)


 ピンフの言ったことに困っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。


「タケ、入るぞ」


 そう言って父親が部屋に入ってくる。


「関東かるたコンプリートセットを買ってきたから一緒にやらんか?」


(何? 関東かるたって? それにかるたって二人でやるものなの?)


「コンプリートセットって」

「茨城のやつが中々見つけられなくてな。きっとヤンキーのヤツらが買い占めていたんだろう」


(たぶんその人達かるたを買い占めたりしないよ)


「主。かるたとは甘い物か?」


 ピンフがそう言う。


「タケ友達か?」

「ふぉふぉふぉ。わらわは女魔神ピンフじゃ! これからこの家に住むのじゃ!」


 何てことを父親に言うんだ。僕は父親の顔色を見て言った。


「父さん、ごめん。この人少しオカシイんだ。住めないのに住むって言っちゃって」

「ん? いいぞ。魔神って守り神みたいなヤツだろ? 受験生なら居てもらった方がいいだろ?」


(ピンフもオカシイが父さんもオカシイ)


「主、この方は何と呼べばいいのじゃ?」


 僕は何も言いたくない。そんなところに父親は言う。


「タケパパって呼んでいいぞ。あんたの名前は?」

「ふぉふぉふぉ。わらわはピンフじゃ」

「ピン子ちゃんね。わかった」


(ピンフからピン子か……)


「あっ、そうだピン子ちゃん。たけのこのヤツときのこのヤツがあるんだが、持ってこようか?」

「それは何ぞや」

「甘いお菓子ってヤツだな」

「お菓子! タケパパ早く持ってくるのじゃ!」


 僕はこの先、無事に受験を迎えられるのか心配で仕方なかった。

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