隣人は怪人です

かるか

第1話赤と黒の魔法少女

 息を切らせて男は夕方の路地裏ろじうらを走る。

 その背後の地面に落ちた自身の影から逃げていた。

 いや、正確には通路の左右さゆうを往復しながらその後を追う影があった。


「うああああ!」


 逃げる男が角を曲がって振り返りさけんだ時、オリーブグリーンのパーカーを着た男が走っていた男の頭をり飛ばす。

 走っていた男は体勢たいせいくずして地面に頭を打ちつけてしまい、すぐには動けない。

 パーカーの男の顔や手は包帯で覆われていて素肌はほとんど見えなかった。


「ああ、助けて……母さn」


 包帯の男が腕を振るうとその手には血のついた細身ほそみ刀身とうしんがあった。


 ◆◆◆


「きりー、きをつけ、れー、さよーならー」


 生徒たちは学校のチャイムが鳴ると足早あしばやに下校を始める。

 黒髪くろかみ長髪ちょうはつの女子生徒は一目散いちもくさんに教室をる他の生徒たちをよそに黒板を消している。

 その黒板のはしにはその日の日直の彼女の名前、「多嘉松たかまつ しずく」という文字が残っている。


「雫ちゃん、一緒に帰ろ」


 彼女に赤髪あかがみの女子生徒が声を掛けた。


「……」


 雫は無言でうなずいて日直のらんを消し、「小日向こひなた 朱乃しゅの」と書き直した。


「明日は朱乃が日直です」

「それなら明日は私、休めないね」

 

雫はチョークを置き、教卓きょうたくの横に置いてあるかばんを取る。

 そして朱乃を追って教室を出た。


制服のまま二人はカフェで話す。

二人はアイスティーを注文する。


「ここは私が持つよ」


そう言って朱乃は自分用にスコーンを頼んでいた。


「雫ちゃん、今日の予定は?」

「特には……」

雫はアイスティーにストローをさし、口をつける。

朱乃はストローを使わずに飲み、片手でスマホを取り出してネットニュースの見出しを見る。


『秋葉区で殺人、犯人の足取り追えず』


全世界で不審死ふしんしや殺人事件はここ数年で異常いじょうなほど増加している。

他国の大規模な戦争、不安定な政治体制など原因となりそうな話題には事欠ことかかない時代だ。

画面を素早くスクロールし、概要がいようだけ頭にいれる。


「それじゃあ…」


要請ようせい


朱乃のスマホの上部に通知が来た。


「いこっか」


朱乃は雫に画面を見せ、スコーンを口に放り込みアイスティーで流し込んだ。

雫も氷のあいだのすでに薄まってしまった液をみ潰されたストローで吸う。

そして、先に席を立った朱乃と共にゴミ箱にストローを捨てた。



二人が目的地に着くと警察がブルーシートで路地の一角いっかくかくしているところだった。


「これかあ」


二人は少し離れたところからながめる。


「やあ悪いね、呼び出しちゃって」


振り返ると地面にリスのような生き物がいた。その毛並けなみは青を基調きちょうとしたカラフルなものだった。


大丈夫だいじょうぶです、ソフィア」


ソフィアは雫の体をあがり頭に乗る。


「今回のはどんな怪人なんですか?」

「今回はおのなどの刃物を使う怪人だね」


雫の質問にソフィアは簡潔に返す。


「彼は西に逃げたようだね」

「了解です」


雫はカバンにつけた懐中かいちゅう時計どけい状の機器を取り出し、側面についたスイッチを入れると光と共に服が変化する。

続いて頭の上から背中の後ろまでが光に覆われて黒い装甲が現れ、コートを羽織るように装備した。

装甲は、頭は頭巾のようになっていてそこから背中をつたい、尻尾のように垂れている。腕の方にも装甲は伸び、手の甲の方に向かって大型の籠手こてのようになっていた。


「探知します」


雫が目を閉じると頭部から数回クリック音が鳴る。


「斧と思われる武器を持った男を見つけました、目標まで960メートル」

「雫ちゃんナイス!」


朱乃はそう言うと同じように変身を行ったが、雫のような武装はない。


「行くよ?」

「はい、早く言ってください。私は後から」


言い終わらないうちに朱乃は雫を抱えて跳躍する。

彼女の膝から下は半透明なオーラが覆っている。


「は、早く下ろしてください!後から追いつきますから」

「私だけだと細かい場所わかんないから」

「……あそこの路地に入ってください」


路地裏に入ると本来両目のあるべき場所に刃の生えた怪人がいた。


「雫ちゃん…斧は持ってないみたいだけど少なくとも人間ではなさそうだよ」

「人違い…でしょうか」


怪人は彼女たちを見ると困惑こんわくし、何かを言おうとしているのか口を動かす。

しかし、その怪人に舌はなく口内に無数の刃が生えており、嗚咽おえつのような音の他にはガチャガチャといった金属音しか聞こえなかった。


「なんか不便な能力の怪人だね、異形系いぎょうけいかな?」

「どうやって栄養補給するんでしょうか」

「流動食とか点滴てんてき?」

「……浣腸かんちょうとか?」


その時、グギャアという叫び声とともに怪人は彼女たちに向かって走り出し、腕を振り上げる。よく見るとその腕は大きめの斧に変化していた。


「ひえっ」

「人違いじゃなくてよかったです」


朱乃は横に、雫は後ろに飛び退いて回避をする。

彼女たちのいた場所には大きな亀裂きれつができた。


「エウフォリア!」


そう叫んだ朱乃の両手に黄味きみがかった半透明の光剣こうけんが現れた。


「援護よろしく!」

「了解です」


朱乃は怪人に飛び掛かると光剣で切りつける。

怪人は両腕を斧にして防御ぼうぎょ姿勢しせいをとった。

光剣は斧に対して深いきずをつけることはできたが本体には届かない。


「ブフォ!」


怪人が口から小さな刃を飛ばし朱乃に反撃はんげきした。

朱乃はその攻撃を壁を蹴って空中に避ける。


「グギュ!」


雫が頭部から高周波を出したことにより、怪人は三半規管さんはんきかんに異常が起き体勢を崩すこととなった。


「オルド!」


雫がそう叫ぶと彼女の手の内に光球が現れ、そこから一筋の光線が放たれた。

光線は足に当たり、平衡へいこう感覚と片足を失った怪人はころんでしまった。


南無三なむさん!」


朱乃が空中から落下と同時に斬りつけると怪人は炭のようなものに変わったのち、灰になって消滅した。


「ナイスタイミング!おかげで早く終わったよ」

「そういえばみやびさんは今回どうしたんですか?」

「テストが近いからダメだって」

「しばらくは二人でやらないとですか、今回のように簡単にすむ相手ならいいのですが……ソフィアは?」

「置いてきちゃった☆」


楽しく話している二人は気付いていなかったが、物陰ものかげから彼女たちを見る人影があった。

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