憧れの軍師様にいつの間にか拾われて、専任おやつ係になっていました ~雨龍国狐嫁綺譚~

空色蜻蛉

出逢い

第1話 雨中散歩

 太った狐の仔が、雨の街をほてほてと歩いている。

 狐の仔―――珠珠じゅじゅは、雨の街を散歩するのが大好きだ。ここは水の国として有名なりんの中心、皇帝おわす玉都ぎょくとなれば、昼間は数え切れぬ人々が賑やかに通りを行き来する。しかし雨足で人が少なくなると、しんと静まり返って空気が穏やかになった。雨の玉都は、珠珠専用の散歩道になる。

 この国では雨は、最高神たる雨龍、つまり皇帝の心が揺らいだ時に降るものとされている。敬虔な民は、雨が降ったら家にこもり、雨龍の心が安らかになることを祈るのだ。

 しかし、狐の仔である珠珠じゅじゅは、そんな信仰どうでも良かった。

 飛檐ひえんの軒先から雨がしたたるのを眺めながら、えんじゅ木陰こかげ灯篭とうろうの下を縫って進む。

 夏の昼間の雨なので、明るくて気温もちょうどいい。絶好の散歩日和だと満喫していると、さびれた城隍廟じょうこうびょうの下に、足を投げ出して座り込む男性の姿が見えた。

 廟は崩れかけており、雨風が吹き込んでいる。雨宿りに向かない場所だ。

 あれじゃ、雨に当たっちゃう。

 興味本位で、珠珠は男性の姿を観察しに近づいた。どうせ今は太った狐の仔の姿。仔犬と見間違えられるくらいなので、人間に見つかっても問題ない。

 近づくにつれ、男性が着る服が妙に上等だと気付いた。

 金糸の波模様が縫い込まれた絹の長袍が、雨に濡れて深い色になっている。それを着る男はまだ若い。若くして波紋の模様を身に着けられる人物は、この玉都では限られている。


 うわぁ。軍師様、だあ。


 珠珠は目を丸くした。

 憂鬱そうに雨に濡れている男は、玉都の有名人だ。

 先般、りょうとの戦で見事味方を勝利に導いた立役者。遠征の指揮を取った第一皇子と共に玉都に凱旋した時、その美しい容姿もあいまって一躍、時の人になった。

 

 噂通り、とても格好良い……!


 無造作に足を投げ出しているにも関わらず、獅子か豹が寝そべっているかのように威厳のある佇まい。長袍の下の均整の取れた体付きが、逆に目立っている。

 肩口に掛かる漆黒の長髪は、神仙に近いとされる高位の官らしく綺麗に手入れされており、髪の合間からのぞく頬の稜線は爽涼だ。軍人だが知略をもって戦を制する者らしく、知性と理性を感じさせる顔つきで、伏せられた切れ長の瞳と薄い唇は冷ややかな風情。

 この軍師様は、飄々と口八丁で相手をけむに巻くのが得意らしい。何を考えているのか分からないところも良いと、店に訪れた貴族の女性客がうっとり語っていた。そう、この美貌の軍師は現在、玉都中の女性の抱かれたい男番付一位に入賞している。

 品の良い笑みを絶やさないという噂の男が、なぜかうれいに沈んだ素顔をさらしている。その破壊力たるや。


 眼福~~! 狐で良かった!


 珠珠は、しばし男の美貌を観賞して幸福にひたり……はっと気付いた。


 雨に濡れてるじゃん! 可哀想!


 水もしたたる良い男だが、風邪を引いてしまっては駄目だ。

 珠珠は急いでぽてぽて引き返し、木陰に隠しておいた傘をくわえた。人間の姿に戻った時に入り用かと、念のため持ってきておいたのだ。

 仔狐の姿だと傘を広げられないから、軍師様の足元に持っていってやろう。

 そう思い、口を頑張って大きく開け重い傘をくわえた。

 ずるずる傘の柄を引きずりながら、城隍廟じょうこうびょうの前まで歩いていく。

 その気配を感じたのか、若き軍師は顔を上げる。

 夜明けの空に浮かぶ月のような黄金の瞳が、仔狐の姿をとらえ、見開かれた。

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